💐このページをシェア

なぜ女性同性愛なのか、という疑問(水上文)

ただ儚く美しい何かとしてのみ受け取られることがありませんように

2014年4月16日、韓国・仁川から済州島に向かう航路で発生したセウォル号沈没事故。修学旅行に向かう生徒を含む約300人以上が犠牲となり、事故の発生原因や救助活動におけるさまざまな問題によって助けられたはずの多くの命が失われたこの事件は、人々の間に大きな悲しみと強い衝撃をもたらしました。

事件から10年以上が経った2025年11月に、日本でも公開が決まった映画『君と私』(韓国での公開は2023年)。「だれかの記憶の中では忘れ去られていくとしても、春がくるたびに、心を痛めている方がいることを思い出して欲しい」と語るチョ・ヒョンチョル監督は、セウォル号事件の前日譚となる二人の女子高生の愛の物語を、夢と現実の境界を曖昧にしながら紡ぎます。

事件の記憶が薄れていく社会の状況のなかで、7年の歳月をかけて脚本や演出を何度も練り直し、「どうしても語らなければならない物語」を形にした本作。me and youでは5名の書き手によるクロスレビューをお届けします。近現代文学とクィア・フェミニズム批評の分野で執筆する、水上文さんによる『君と私』ショートレビュー。

なぜ女性同性愛なのか、という疑問

私は韓国で生きている人間ではない。だから、セウォル号事件という韓国社会に大きなトラウマをもたらした事件を扱ったこの作品を、どう受け止めればいいのか、セウォル号事件の前日譚という体裁で女性と女性の恋愛を描くことを選んだことをどう受け止めればいいのか、私にはわからない――そもそもどうして女性同士のクィアロマンスなのだろう?

もちろん、犠牲者や生存者の中にはきっとクィアな人々もいただろう。たとえカミングアウトしていなかったとしても、私たちはいつだって、どこにだっている。ただ、それとは別に、異性愛と同性愛に依然として非対称性が存在するこの社会において、物語の描かれ方も受け止められ方も同じではあり得ない、ということも事実なのだ。だからこそ物語の題材をどう選び、どう描くかということが問題になる。

たとえば歴史的に、同性愛の物語は悲劇の結末を迎えることが多かった。あるいは、少女はしばしば儚い一瞬のきらめきをもたらす形象だった。女性や少女は、生々しい人間というよりも美しさにのみ焦点が当てられ、観客の感動と涙をもたらすべく映画の中でしばしば死んでいた。同性愛と女性をめぐるこれらの傾向が交差する場に存在する女性同性愛は、だから、彼女たちを悲劇に追いやる社会の問題に焦点を当てられるよりむしろ、ただ美しく儚い何かとして描かれ、生きた人間というよりは美的な対象として愛でられるばかりであることが多かったのだ。近年のクィア映画はそのステレオタイプを打ち破るべく努力しているけれど、歴史的な傾向も、性差別や同性愛差別も、依然として消え去ってはいない。

だから私は、この映画をどう受け止めたらいいのかわからないのだ。光があふれる、彩度を落としたノスタルジックで美しいこの映画を。子どもらしく視野が狭く、いっぱいいっぱいで、懸命に恋をしていた少女たちがあの事件で引き裂かれてしまうこの映画を。それは先に述べたステレオタイプに、あまりにも似通っているから、戸惑ってしまう。だからこそ、戸惑いながら願っている。どうかこの映画が、ただ儚く美しい何かとしてのみ受け取られることがありませんように、と。映画が丁寧に映し出す少女たちの日常は、事件が奪ったかけがえのない人々、その生活、未来を強調している。事件のトラウマを正確に理解できるとは言えない様々な文脈でも、それがどうか伝わりますように、と。

『君と私』

監督:チョ・ヒョンチョル
脚本:チョ・ヒョンチョル、チョン・ミヨン
出演: パク・ヘス、キム・シウン、オ・ウリ、キル・へヨン、パク・ジョンミン
撮影:DQM
音楽:OHHYUK/オヒョク
2022年|韓国|118分|ビスタ|5.1ch|G|原題:너와 나|英題:The Dream Songs|
字幕翻訳:廣川芙由美|配給:パルコ

Website

水上文

1992年生まれ、文筆家。主な関心の対象は近現代文学とクィア・フェミニズム批評。文藝と学鐙で「文芸季評」を、朝日新聞で「水上文の文化をクィアする」を連載中。企画・編著に『われらはすでに共にある――反トランス差別ブックレット』(現代書館)。

X(Twitter)
Instagram

Support us

me and you little magazineは、今後も継続してコンテンツをお届けしていくために、読者のみなさまからサポートをいただきながら運営していきます。いただいたお金は、新しい記事をつくるために大切に使ってまいります。雑誌を購入するような感覚で、サポートしていただけたらうれしいです。詳しくはこちら

*「任意の金額」でサポートしていただける方は、遷移先で金額を指定していただくことができます。

newsletter

me and youの竹中万季と野村由芽が、日々の対話や記録と記憶、課題に思っていること、新しい場所の構想などをみなさまと共有していくお便り「me and youからのmessage in a bottle」を隔週金曜日に配信しています。

me and you shop

me and youが発行している小さな本や、トートバッグやステッカーなどの小物を販売しています。
売上の一部は、パレスチナと能登半島地震の被災地に寄付します。

※寄付先は予告なく変更になる可能性がございますので、ご了承ください。

shopを見る