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岸井ゆきのインタビュー「誰かとなにかを作ることで、私は私を発見している」

大切にしているのは「わかったような気にならないこと」。『佐藤さんと佐藤さん』を演じて

歌いながら並んで自転車を漕いだ日、手を振り返してくれただけで飛び跳ねるほど嬉しかった夜、歯磨きしながら大切な話をしたこと、お互いの同じところも違うところも光って見えた日々。一方、ままならない生活のなかで、そうした喜びはぐらぐらと揺らぎ、崩れかけてしまい……。

2025年11月28日公開の映画『佐藤さんと佐藤さん』は、性格は正反対だけどなぜか気が合う、同じ佐藤という苗字のサチとタモツが出会い、付き合い、結婚し、子育てをして、別れるまでの15年間を描いています。

監督の天野千尋さん自身が出産を経て感じたという社会の仕組みの不具合やアイデンティティの喪失をもとにした本作では、結婚、夫婦、家族を取り巻く社会課題と個人の生活が丁寧に結びつけられています。

そんな本作で主人公のサチを演じた、岸井ゆきのさんにインタビュー。これまで、『愛がなんだ』や『ケイコ 目を澄ませて』『恋せぬふたり』など数多くの作品で主演を務めてきた岸井さんが役柄を演じるときに大切にしているという、「わかったような気にならないこと」。『佐藤さんと佐藤さん』を通して発見した自身の姿。そして、俳優として忙しく働くなかで、自分自身でいるためになくさないでいたい「余白」についても話を聞きました。

「長く一緒にいるときっと、相手の全部を知っているような気にもなってしまう」

─映画『佐藤さんと佐藤さん』では、15年という月日のなかで、出会ったときには同じ大学生だったサチとタモツの立場が変わっていき、惹かれあったはずのお互いの違いも苦しみになってしまうことが描かれていました。好きだけど、愛しているけれど、わかりあえないことについて、サチを演じながらどんなことを考えましたか?

岸井:そうですね、もともとはわかりあえていたと思うんですけどね……。子どもができて、生活が二人の中心になってくると歯車が噛み合わなくなって、すれ違いが増えていくのを演じながらも感じていました。そもそも最初はただタモツのことが好きで、応援するつもりで一緒に司法試験の勉強を始めたはずなんだけど、サチだけが合格してしまったから生活のために弁護士として働くことになって、タモツは塾講師のバイトと家事をしながら勉強を続けて……。

それでも最初はまだ喧嘩できるんですよね。「なにその言い方?」みたいなちょっとしたことでも、ぶつかれるうちはまだ健全というか。段々タモツは我慢してしまうようになって、地元に帰ったときに佐々木希さん演じる高校時代の先輩に愚痴っちゃって、「つまんない」とか言われちゃったりして。サチはサチでタモツに真正面から「逃げてるよね」って言えるから、そういうところでもすれ違っている。でも、じゃあどうしたらよかったの! という。問いは尽きないですよね。難しいものだな、と思います。

岸井ゆきのインタビュー「誰かとなにかを作ることで、私は私を発見している」

岸井ゆきのさん

─共通の友達のご祝儀を浪人中のタモツの分までサチが払ったとか、タモツがサチのためにお弁当を作ったけれどサチが忙しくて食べられなかったとか、互いを思いやった行動が結果的に衝突の原因になってしまう描写にも考えさせられることが多かったです。夫婦という近しい関係だからこその思いやりの通じにくさについて、感じたことはありますか?

岸井:22歳から37歳までのサチを演じて、サチもタモツも歳を取っていくんですけど、多分、サチのなかのタモツ像はアップデートされていないんだと感じました。

サチは学生から社会人になって、仕事をしながら司法試験に受かって、毎日、家族のためにへとへとになるまで働いているけれど、帰ってくると、変わらず勉強してるタモツがいる。長く一緒にいるときっと、相手の全部を知っているような気にもなってしまって、上手くアップデートできないことがあると思います。そういうところに思いやりが通じにくくなってしまう原因があるのかなと思いました。

岸井ゆきのインタビュー「誰かとなにかを作ることで、私は私を発見している」

『佐藤さんと佐藤さん』場面写真
(C)2025『佐藤さんと佐藤さん』製作委員会

─弁護士として外で働くサチと、家で勉強しながら主に家事と育児を担うタモツの姿を見ていると、「妻が家事・育児を担い、夫が外で働く」という旧来の役割分担が逆転している印象を受けます。

さらに、サチとタモツの立場の違いによって、たとえば「トイレットペーパーがなくなったときにどうするか」といった日常的な出来事への受け止め方が異なることが描かれていました。

岸井:私は女性が働くことに疑問を持っていないので、脚本を読んで、そりゃあ働けるサチが働いたほうがいいよねと思いました。性別関係なく、「できるほうがやろう」という考え方です。

「トイレットペーパーないよ」は、サチが本当になにも気にしないで言っちゃったことで、言っちゃったというか……(サチの立場になって話すと)今でも悪いと思ってないんですけど! なにも気にしないでそう言ったサチと、不満が蓄積しているタモツがぶつかってしまった。

普段のタモツだったら「じゃあオムツと一緒に買ってくるね」みたいになったと思うんですよ。その日の天気とか、気分によっても変わったんじゃないかなって。でもあの日は、友達の結婚式帰りで酔っ払ったサチが、脱いだストッキングを置きっぱなしにしたまま、タモツのことを見もしないで楽しく話すなかでの一言だったから、余計にイライラさせてしまう。そういうサチの振る舞いは、天野監督と話し合って考えながら演じました。

今回の作品は天野監督の実体験が脚本に盛り込まれていて、私は知らなかったけれど、ああいうのは夫婦のあるあるだと聞きました。作品が完成してからも「うちもああなんです」という声が多かったです。

岸井ゆきのインタビュー「誰かとなにかを作ることで、私は私を発見している」

『佐藤さんと佐藤さん』場面写真
(C)2025『佐藤さんと佐藤さん』製作委員会

─「今でも悪いと思ってない」というのは、サチに共感しながら演じたところがあったのでしょうか。

岸井:そうですね。でも私は本来、タモツのような人間なんです。勉強も時間をかけてやらないといけないし、石橋を叩いて渡る慎重派だし。パワフルな印象があるみたいなんですけど、実際は、一歩ずつ歩かないといけない。でも演じているときはサチの主観になっているので、自分とサチが似ているわけじゃないけど、あのときの私はサチだったみたいな感覚です。

『佐藤さんと佐藤さん』予告編

「年齢とか性別ではなく、自分がどうしたいかを大切にしたい」

─本作では、サチが「夫に子育てを任せているなんて子どもがかわいそう」と言われたり、タモツが「一家を支えていないなんて頼りない」といった見られ方をしたり、周囲から「こうあるべき」と期待されたり押し付けられたりしてしまう場面も描かれています。

岸井さんはエッセイで「30歳になる数年前から結婚願望はあるか聞かれる機会が増えた」と書かれていましたが、年齢や性別によって一方的な見られ方をしてしまうことについて、感じてきたことがあれば伺いたいです。

岸井:30歳を過ぎてからより結婚について聞かれるようになって思ったのは、私が変わらなくても周りからの見られ方が変わるんだということ。今、33歳なので33歳らしくしないといけないのかなと思うこともあるんですけど、33歳らしさってなんだろうって思うし……。本当は年齢とか性別ではなく、自分がどうしたいかを大切にしたいですよね。

今日はパンツスタイルの衣装にしたんですけど、ただそういう気分だった、かっこよくしたかった、というだけで、ドレスを着たとしても女性らしくしたいからではないんですよね。だからやっぱり、自分のなかには女性だからこうしたい、男性だからこうしてほしい、というのがあまりないんだと思います。

─岸井さんご自身が自分らしいと感じるのはどのような働き方や在り方ですか?

岸井:宣伝でテレビのバラエティや情報番組に出ることがあるんですけど、役柄を演じるのではなく自分として出るほうが、自分らしさがわからなくなって非常に困ります。岸井ゆきのとして出るときのほうが、誰かが作った「岸井ゆきの」の型がある気がしてしまうというか。

『愛がなんだ』のイメージが強いという方もいれば、『ケイコ 目を澄ませて』のイメージが強いという方もいるし、最近だと『恋は闇』というテレビドラマをやっていたのでそのイメージもあるみたいで。でもそれぞれ全然違うキャラクターですし、役を通したイメージなので、じゃあ役を通さない自分とは? と考えるといまだに混乱してしまいます。

ただ、やっぱり役を通して自分が見えてくるのが自分らしさなのかな。誰かとなにかを作ることで、私は私を発見している気がします。俳優なのでたまたま前に出ているけれど、やりたいことは誰かとなにかを作ること。やりがいもそこに感じています。

─確固たる自分があるというより、誰かとなにかを作るなかで自分を見つけていくというのが素敵ですね。誰かとなにかを作るときは、どういう環境が幸福だと感じますか?

岸井:各部署が生き生きとしているとき、本当に素晴らしいなと思います。照明部がワンシーンのためだけの装置をはんだごてで作ってくれるとか、撮影部が「このカメラはこの位置でこの角度がいいんだ!」と言っているとか。どの作品もそうした工夫や計算し尽くされたことで出来上がっているので、現場で各部署のそういう姿を見ると本当に楽しい! と思います。自分も、どの作品でも新たな発見があります。

─『佐藤さんと佐藤さん』ではどんな発見がありましたか?

岸井:私はやっぱりサチみたいなタイプじゃなくて、タモツの我慢してしまうけれど顔に出ている感じがすごくわかるんですけど、だからこそ、サチが羨ましく感じました。

私は好きな人とか親友とかと喧嘩したことがないんですけど、ほんとは私もちゃんと相撲が取りたいんだ! と思いました。いつか、サチみたいに人とコミュニケーションしたり喧嘩したりしてみたいです。

─ちゃんと喧嘩することのよさ、羨ましさはどんなところにあるのでしょう。

岸井:やったことないから! やったことないことをやってみたい。ぶつかって仲良くなれる人たちもいるわけじゃないですか。天野監督も、パートナーの方と結構言い合うと言っていて。私は「これを言ったら嫌な気持ちにさせてしまうかな」とか考え過ぎてしまってすぐに感情を表に出せないんです。でも後から「あれ、ちょっと嫌だったな……」って思うことはあるから。サチみたいに自分の気持ちをポンと言葉にできるのがいいなあって。

岸井ゆきのインタビュー「誰かとなにかを作ることで、私は私を発見している」

『佐藤さんと佐藤さん』場面写真
(C)2025『佐藤さんと佐藤さん』製作委員会

天気が悪いだけで一日中だめなときもある。誰だってきっとそう

─岸井さんはこれまで、『ケイコ 目を澄ませて』や『恋せぬふたり』などで演じたマイノリティとされる人物を含む、さまざまな役柄を演じられてきました。マジョリティではないかもしれない、「一般的」ではないかもしれないけれど、確かに存在している人たちの営みを演じるにあたって、どのようなことを意識していますか?

岸井:たとえばケイコだったら耳が聞こえない、『恋せぬふたり』の咲子だったらアロマンティック・アセクシュアル、というマイノリティ性がありますが、まずはいち個人として役柄を見ていました。もちろん考証の方と話し合ったりはするのですが、たとえば咲子を演じるにあたっても、同じアロマンティック・アセクシュアルでも、いろいろな方がいますよね。ケイコも、聞こえない方、聞こえにくい方の代表ではないので、個人として捉えていたと、今気づきました。

─役を生きるという意味で、自分と異なる他者に対する想像力が必要な、俳優という仕事にどのように取り組んでいますか?

岸井:わかったような気にならないこと。自分の役に対しても、自分が決めつけてはいけないな、と。決めつけてしまうと表現が狭くなってしまうというか、役の人物の生活に伴った行動として見えてこないんですよね。逆に決めつけなければ、自然にできることが増えると思っています。

たとえば『佐藤さんと佐藤さん』では、タモツが働く塾にサチがなんとなく行く、というシーンがありますけど、この日、サチはそういう気分だったんだろうな、とちゃんと受け入れてあげる。だって自分もそうだから。なんの気なしに普段しないことをする日もあるじゃないですか。だから、決めつけないというのは意識していることです。

─「気分」は岸井さんのなかでキーワードなのでしょうか。

岸井:一日の考え方や過ごし方は、気分によって簡単に左右されると思います。だって私、天気が悪いだけで一日中だめなときもありますし、晴れているだけで朝7時頃に「よし! 今日は、8時30分からの映画を見るぞ!」と思うときもあります。 誰だって、きっとそうだろうと思っています。

─『佐藤さんと佐藤さん』で描かれていたように、生活の厳しさ、忙しさも、気分というものに影響するのではないかと思いました。サチとタモツのすれ違いの原因には忙しさもあったのではないかと思い。岸井さんは忙しさのなかでもなるべく気分よくいるためにしていることはありますか?

岸井:忙しいと本当に大変ですよね。でも自問自答だけをしていると視野が狭くなってしまってどんどん余裕がなくなるので、私の場合、親友に見せたい景色の写真を送るとか、好きな映画を送って「これ観てみてー」って言うとか、そこから会話が続くこともあるので、些細なやりとりを大切にしています。ほっとできる場所は、私も多くはないんですけど、自分で余白を生み出せないとき、誰かの力を少し借りることもできると思います。

─生活における余白の生み出し方について、もう少し知りたいです。

岸井:余白を大切にするために、朝早くても出かける1時間くらい前には起きて、必ずお茶を淹れるようにしています。現場に入ると、一日中30人くらいの人たちに囲まれて仕事することになります。それも楽しいんですけど、家で一人でほっとする時間を作ることで余白ができると思います。

でも、私は休みがぽつぽつあるとそれはそれで窮屈になってしまう性格です。一人の時間があり過ぎても、自分を責め始めたりしてしまうんですよね。それもすごく危険なので、そういうときは見慣れた映画を観るようにしています。自分がどんな気持ちになるかわかってる映画とも言えますね。それでも、観る度に新しい発見もあるし。

─どんな作品を観るのか気になります。

岸井:『グランド・イリュージョン』とか! マジックの映画なんですけど、スーパーキャストで、最高ですよ! 心が傷付かなくて、ただただ驚きがある。最初のシーンからびっくりすると思います。最初だけ言いますが、トランプが出てきて……まあそのあとは観てみてください!

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【問い合わせ先】ジョルジオ アルマーニ ジャパン(☎︎03-6274-7070)/アーカー ギンザシックス店(☎︎03-6274-6098)

岸井ゆきの

1992年2月11日生まれ、神奈川県出身。
2009年俳優デビュー。以降、映画、ドラマ、CMなどで活躍。
2014年、初主演を務めた映画『おじいちゃん、死んじゃったって。』(17/森ガキ侑大監督)にて第39回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞。映画『愛がなんだ』(19/今泉力哉監督)では第43回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。
映画『ケイコ 目を澄ませて』(22/三宅唱監督)では第46回日本アカデミー賞 最優秀主演女優賞をはじめ多くの映画賞を受賞。近年の出演作に映画『若き見知らぬ者たち』(24/内山拓也)、ドラマ「お別れホスピタル」(23/NHK)「恋は闇」(25/NTV)などがある。2026年には映画『すべて真夜中の恋人たち』の公開も控える。

『佐藤さんと佐藤さん』

2025年11月28(金)全国ロードショー

出演:岸井ゆきの 宮沢氷魚
藤原さくら 三浦獠太 田村健太郎 前原 滉 山本浩司 八木亜希子 中島 歩
佐々木希  田島令子  ベンガル
監督:天野千尋
脚本:熊谷まどか 天野千尋
音楽:Ryu Matsuyama Koki Moriyama(odol) 
主題歌:優河「あわい」(ポニーキャニオン)
配給:ポニーキャニオン
製作プロダクション:ダブ
2025年/日本/カラー/アメリカンビスタ/DCP/5.1ch/114分

(C)2025『佐藤さんと佐藤さん』製作委員会

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