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同じ日の日記

いつか、最良の眠りのために/佐藤そのみ

自分を生かしてくれた言葉と、新しい映画の誕生に向き合う1日

毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2024年12月は、12月16日(月)の日記を集めました。故郷の石巻市大川地区を舞台に、東日本大震災での経験をもとに大学時代に制作した劇映画『春をかさねて』と、ドキュメンタリー『あなたの瞳に話せたら』を2024年12月に同時公開した、映画監督の佐藤そのみさんの日記です。

100点満点の睡眠、というものをほとんどとれたことがない。小学3年生の時に徹夜で作業をする達成感を覚えてから、その後の学生生活も、会社員時代も、退職してフリーランスになってからも、毎日違った時間――大体が深夜3時をまわる――まで、今日という日を1分でも延長させようともがき、いつの間にかベッドで気絶し、最悪な朝を迎える。その繰り返しだ。流石にそろそろ脱さないといけないのだが。
最近は、深い時間になればなるほど、考え事が止まらなくなる。昨日の夜は、渋谷のシアター・イメージフォーラムで12月7日より公開中の自作『春をかさねて』『あなたの瞳に話せたら』の上映後に一人で舞台挨拶を行ったが、久々に「頭の中が真っ白になる」という経験をし、しどろもどろにしか話せず、帰宅後はしばらく一人反省会をしていた。ああ言えば良かった、来てくれた方に申し訳ない、と堂々巡りをしているうちにいつの間にか眠りに落ち、そして迎えた今朝。まだ昨晩の気持ちを引きずっている。

『春をかさねて』『あなたの瞳に話せたら』は、2019年、私が大学在籍中に自主制作した映画だ。『春〜』はフィクション、『あなた〜』はドキュメンタリーの形をとっており、題材はどちらも、私の故郷・宮城県石巻市大川地区を襲った東日本大震災の記憶と、そこで生きてきた人々の内面についてだ。それぞれが互いを補い合うような双子のような構成で、続けて観ることでより作品の世界が強固になるはずの2本。震災当時14歳だった私が“石巻市立大川小学校”という場所で、2歳下の妹を亡くした(この学校では、妹を含む74名の児童と10名の教職員が津波の犠牲になった)経験も2作のモチーフにはなっているのだが、悲しみや怒りを主張するものではなく、その後に自分が抱いた葛藤をいかに客観的に描くか、そして地元の人をはじめ観た人の心を癒せるような、やわらかく、どれだけ多方面に開けた作品にできるか、ということに注力していた。『春〜』のキャストのほとんどは石巻市民で、『あなた〜』に出演しているのは私と同じく大川小学校で家族や友人を亡くした若者たち。どんなに歪な出来になろうとも、震災後の故郷で、愛する人たちと一緒に映画をつくることが、私にとっては何よりも重要だった。
劇場公開まで5年以上を要したのは、公開直後、自らこの映画を封印しようとしていたからだ。あまりにも自分自身を映画に捧げすぎた分、スクリーンを直視されることが怖かった。しかし作品の存在を知った方々から徐々に声がかかるようになり、ここ2年ほどは全国各地のおよそ30ヶ所以上で自主上映会を行ってきた。その中で、この映画を上映する価値を私自身が感じるようになり、今回の劇場公開に踏み切ったのだ。

東日本大震災の当事者、しかも津波で妹を亡くした“遺族”が、自分の体験を基に震災について描いた映画。それだけで、観る側を思考停止させてしまう何かがあると思う。また、ただそれだけで、映画の出来とは別に、簡単にもてはやされてしまうかもしれない。
だから制作当時は、自分が当事者であることに寄りかからない映画──純粋に“映画”として力のあるものを作ろうと必死だった。それに、“当事者”ってなんだろう? 私に震災のことを語る“特権”的な何かがあるのだとしたら、それは一刻も早く取っ払ってしまいたい。「自分は当事者じゃないから簡単に触れちゃいけない、語っちゃいけない」と後ろめたさをもった人たちにも、この映画を観て安心して欲しかった。これはあなたが簡単に触れて良い物語ですよ、あなたのものにして良いのですよ、と。そして私は長年収まってきた“当事者”というフレームの中から、いつか軽やかに飛び出して、どこか遠くへ行けたら良い。

公開初日から早一週間以上。自分の作品が初めて劇場で一般公開される機会で、場所は大好きな映画館の一つであるシアター・イメージフォーラム。配給会社をつけない“自主配給”ということもあり、宣伝の高田理沙さんに沢山助けていただきながら、夏から力を入れて準備をしてきた。思いがけない方々からの推薦コメントもいただいたし、新聞やWEBメディア、テレビやラジオ番組でも取り上げてもらった。無名の監督の無名の自主映画にも関わらず、公開後は少しずつお客さんが増え、旧友や知人からは「観たよ」「すごく良かった」というメッセージが沢山届いた。世代や立場を超えて、様々な方からの素敵な感想もネット上に多く上がるようになった。それらの一つ一つが、私を「劇場公開を決めて良かった」という気にさせた。

しかし、やはり映画を賞賛する言葉だけではないのも事実だ。映画レビューサイトやSNSを見ると、時折、名前も顔も知らない誰かの厳しい評価が綴られている。それらを目にすると、一瞬にして、全身をつんざくような痛みが走る。もちろん私自身の人格を貶したいのではなく、作品に対するその人なりの真摯で真っ当な評価なのだと納得できる。でもはじめは、作品を作る過程だけではなく、自分が生まれてきたこと自体が否定されてしまうかのような感覚に陥ってしまう。そのたび、作品と自分自身との距離がまだまだとれていないことも実感する。これも映画を制作する側に課された試練というか、通るべき道なのだと思う。おそらく、本作をずっと封印したままでは分からないことだった。
この先の自分自身を殺さないために、厳しい評価を受け止めつつ、だけどそれよりもずっと多かった、褒めてくれた人たちの顔や言葉を忘れないでいよう。私に涙ながらに感想を伝えてくれた人、「あまりにも良かったから」と二日連続で劇場に観に来てくれた人、「つらい題材なのに、すごく心が癒された」と私の制作意図を汲み取ってくれた人、「2024年のベスト映画」だと言ってくれた人……それらを思い浮かべると、酷評した方も含めて、観に来てくれた全員の人生に、自分の映画を介して一瞬でも関わることができて良かったと心から思える。

昨夜の舞台挨拶で冷や汗が止まらなかったのも、「この映画を良く思わない人が、この中にもいるかもしれない」という不安が元凶だったが、別にそれならそれで良いじゃないか。作品を観て何を思うかなんて、作品が手に渡った瞬間からその人の自由だし、全員が絶賛する映画なんてつまらない。そう自分に言い聞かせながら、舞台挨拶後に「観て良かった。ラストシーンにくらった」とあたたかい声をかけてくれた友人のことを思い出す。そうやって、自分に都合の良い言葉だけを大事に持ち続けて反芻するのも、この世界を生き続けるにおいて、時には必要なことだと思う。

今日の昼回も夜回も、お客さんが来るだろうか?「観にきて良かった」と思ってくれる方がいるだろうか?
ぐらぐらとした、でも希望にも満ちた思いを抱えながら、身支度をして、浜松町駅行きの電車に飛び乗る。

この日は昼から、次の監督作のオールラッシュがあった。
この2024年、文化庁委託事業の「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト」の製作実地研修参加作家に選ばれ、夏から新しい短編映画の準備を始めていた。タイトルは『スリーピング・スワン』。11月末には都内で撮影、12月には前述の2作の劇場公開をする傍らで編集・仕上げ作業に取り組んだ。22作を作ってしばらく現場から遠ざかっていた私にとっては、久々の映画制作。今度は“震災”以外のテーマ、おそらく震災以前の小学生の頃から自分の中にあった、ある別の題材に取り組んだ。私にとっては、そしてある人たちにとっては、すごく深刻な題材だと思う。この映画のもつ視点や倫理観といったものが世間にどのように受け取られるか、脚本を書いている時からずっと不安と期待がないまぜになっていた。

一方で、撮影期間はとにかく恵まれていた。スタッフとキャストの皆さんが優しくプロフェッショナルで素晴らしい方たちばかりで、常に私は安心感に包まれ、可能な限りやりたいことを自由にやらせてもらえた。もちろん演出面においては自分の力不足で上手くいかなかった箇所もあるのだが、大袈裟ではなく、これまでの人生で一番幸せな時間が続いていた。
今日のオールラッシュは、編集したものを初めて関係者内で観る機会だった。クランクアップ後、久々に会うスタッフも多く観に来てくれた。自分の新しい作品が、大きなスクリーンで初めて他者に観られる時間はすごく緊張した。試写後、関係者から様々なフィードバックがあった。中には厳しい意見もあったが、以前の私──学生や会社員の頃、組織内の意見のやり取りや関わりの中で萎縮して勝手に心を壊していた私──からは比べ物にならないくらい、それらの全てをとても前向きにとらえられていた。作品のために、こんなに心を尽くして言葉を渡してくれる人がいる。なんてありがたいことなのだろう。話し合いが終わり、何人かで「梅蘭」の焼きそば(私の大好物だ)を食べながら、ずっとそんな思いに満たされていた。

その後、編集の大川景子さんと編集室に戻り、あたたかいお茶を飲んでから、今日のフィードバックを経て再度素材を振り返る。大川さんも、本当に真摯に作品に向き合ってくださっている。脚本執筆時に私が想定していた内容よりも、ずっと良いものになっている。やっぱり、この映画を誰かに観てもらうことが楽しみだ。周りの人の助けを借りて、今の自分にできることを尽くせば、きっと後悔はないだろう。そんなことを考えていたら、なんだか今日は100点満点の眠りにつけそうな気がしてきた。今日こそは。

佐藤そのみ

1996年 宮城県生まれ。日本大学芸術学部映画学科卒業。2019年の休学中に、故郷の石巻市大川地区で、東日本大震災での経験を基にした劇映画『春をかさねて』を住民らと共に制作。卒業制作のドキュメンタリー映画『あなたの瞳に話せたら』は、東京ドキュメンタリー映画祭2020短編部門準グランプリ・観客賞を受賞。卒業後、テレビ番組制作会社や映画配給会社に勤務。2024年より、上記の2作品を全国の映画館で順次公開中。新作に「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト2024」にて制作した短編映画『スリーピング・スワン』がある。

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監督作『スリーピング・スワン』(ndjc2024)公開予定

5月2日(金)~5月8日(木)大阪・テアトル梅田
5月9日(金)~5月15日(木)愛知・ミッドランド スクエアシネマ
6月8日(日)〜14日(土) 埼玉・深谷シネマ 

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