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同じ日の日記

『四月物語』に登場する10代の松たか子になったみたい/潟見陽

自宅兼本屋として7年住んだ家の引っ越し

毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2024年9月は9月29日(日)の日記を集めました。クィアやジェンダー、孤独や連帯にまつわる本やZINEを集めて、アジア各地の小さな声を紡ぐブックストアloneliness booksを運営する潟見陽さんの日記です。

日付が変わって9月29日午前0時、自宅兼本屋として7年ほど住んでいた北新宿の部屋を今日引っ越さないといけない。自宅と本屋を分けるために、本屋となる新しいスペースに大量の本とたくさんの本棚、ソファ、机や椅子をすでに運んだというのに、北新宿の自宅には、まだ途方に暮れるほどものが残っている。

朝には、引越しを手伝ってくれるTANさんとフリーランスの引越し業者の方が来るので、結局徹夜をして、箱詰め作業をすることにした。カテゴリーに分けて、断捨離して、スマートに引越ししたいなんて思い描いていたのは最初の数時間だけで、途中からはとにかく手当たり次第に箱にものを突っ込んで、新居に全て持って行ってから考えよう、という現実路線に変更していた。
「ミニマリストになりたい、ミニマリストになりたい」そんなことを呪文のように唱えながら、ひたすら箱詰めをしていたら、外が明るくなっていた。

午前10時、TANさんと引越し業者さんが到着。3人というのはすごいもので、1人だと進まなかった作業が、3人だとどんどん進む。ありがたい。1人で箱詰めしている時は不安しかなかったのに、霧が晴れるように午後にはゴールが見えてきた。自分1人なんて本当に非力な存在だとしみじみ思う。新居は前の部屋から歩いて10分。最後に、今回の引越しで一番の重い荷物、40キロ以上ある大きなレーザープリンターを台車に乗せて運ぶ。かれこれ10年以上使っている大切な仕事道具を狭い新居の玄関に運び込んで「やったー! 本当にお疲れ様でした」と、無事引越しを終えることができた。

TANさんと引越し業者さんを見送った後、束の間の開放感に包まれて、山積みの段ボールの隙間に横になり、少しひんやりする床に顔をつけてみた。
「独り身のおじさんの狭い部屋、誰も来ないかもしれないけど……でも、この部屋でどんな物語が待ってるんだろう」上京したての大学生みたいに、一瞬心が弾む。岩井俊二の映画『四月物語』に登場する、まだ10代の松たか子になったみたい。
そういえば、新しい部屋のすぐそばに綺麗な桜並木があることを思い出した。「春になったら、お花見、誘ってみようかな」そんなことを思った。

潟見陽

クィア、ジェンダーなどにまつわる書籍が揃う本屋〈loneliness books〉を営む傍ら、映画ポスターや本の装丁などのデザインを手がける。現代美術家のアキラ・ザ・ハスラーが、セックスワークをしながら出会ったお客さんとのエピソードや、恋人、友人との日々を綴った日記『売男日記』を25年ぶりに、loneliness booksからリニューアル復刊。

『売男日記』

著/写真:アキラ・ザ・ハスラー
訳:中国語(繁体字):黃昱翔、中国語翻訳協力:游書昱/燈里、英語:David d’Heilly、韓国語(本文):イ・スンフン/ウォン・デハン、韓国語(序文):キム・ミジョン
発行:loneliness books
発売日:2025年1月
価格:3,300円(税込)

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me and youの竹中万季と野村由芽が、日々の対話や記録と記憶、課題に思っていること、新しい場所の構想などをみなさまと共有していくお便り「me and youからのmessage in a bottle」を隔週金曜日に配信しています。

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