何時からが「その日」なのだろう。昨年の9月に赤子が生まれてから、その境目がない。夜間、何度も起きるふたりめの娘の対応をしていたら、夜になると一日が終わり、朝になると新しい一日がはじまるという自然なサイクルから、自分がずれている気がしてくる。
27日、娘が起きたのは、0時すぎ、おそらく2、3時、4時、それから6時になる前。となりにはひとりめの娘が、居心地悪そうに寝ている。彼女は、妹のちいさくも力づよい泣き声を聞くたびに、もぞもぞと目を覚ます。時々、苛立つように壁を両足で蹴る。やめてときつく言ってしまう。それから時間を知るため、スマホを見る。先週から家を空けている夫からの連絡はなし。彼はいま、クロアチアでひとり寝床についたところだろうか。インスタをひらくとストーリーがアップされていて、今日からスロベニアに入ったことがポストされていた。
再度入眠させたくても、娘たちは起きてしまう。すでに布団から這い出たふたりめの娘を気にして、ひとりめの娘が「ママ、むこうに連れて行こうか?」と聞く。娘たちは戸をあけて、雨で暗いリビングに行く。30分後にわたしもなんとか起き上がる。ふたりは揃ってテレビを見ていた。朝食をつくる時間はあるけど、パンがない。ホットケーキを焼き、離乳食をあたためる。8時になるとチャンネルを変えさせてもらい、先日からようやく見始めた『虎に翼』を見る。
まだたったの3、4話しか見ていないが、すっかりこのドラマのとりこだ。娘たちの保育園の連絡票を片手に見る。はじめてフルで見たオープニング映像には、さまざまな女性の姿がうつっていた。階段のへりに座り、なにかを読んでいるように見える女性。違うと思うけど、爆心地そばの銀行の階段に残った「人影の石」の、影の持ち主を想像した。たしか、いつごろかまでその人は女性だったと記録されていたはずだ。
娘たちは傘のなかに入って保育園まで行く。わたしはひとり、自宅に戻ってPCを立ち上げる。メール、メール、ウェブサイトの作業、メール、メール、原稿書いてまたメール、その繰り返し。昼食をとりながらもう一度『虎に翼』を見て、オープニングの女性の姿を目で追う。写真に撮って「人影の石」と見比べてみたが、モデルではなさそう。すぐ戦争を想起してしまうのは、現実も戦時中だからだ、と思う。
午後からは時給制のバイトのような作業をした。
夕方になって、娘たちを迎えに行く。もう傘はいらなかった。スーパーに寄って、パンを買って帰った。
「今からお出会いできますか?」
夕飯をつくっていたら、同じマンションの自治会の方からLINEが来る。なにか、自治会のことで聞きたいことがあるという。離乳食用のおかゆと、お味噌汁の出汁をとる鍋が気がかりだが、大丈夫ですと返す。女性がやってきて、家のチャイムを鳴らす。ふたりめの娘が離れると泣くので、抱っこしたまま玄関に向かう。ご主人はいます? ご主人に聞いてみてもらえます? ご主人はしばらく家にいらっしゃらないの? ご主人ならわかると思うんですけど? その人は、つい先日の自治会の資料を、わたしが赤子を背負いながらつくったと知らない。夫はしばらく家を空けています。その作業なら、わたしのほうでもできます。伺ったことは伝えておきます。終わり。台所に戻ると、鍋がすっかりふいていた。LINEでよかった話じゃないか。
3人で夕飯を食べる。つかまりだちをするようになった娘が卓上のお椀に手を伸ばして、お汁がこぼれた。そのまま風呂場に行き、湯船につかる。順番に体をふいて、ふたりの小さな体にクリームを塗ってやる。
母から着信がある。6月に妹と一緒に韓国に行こうかと話していたが、わたしが航空券をとっていないので、見かねて連絡をしてきた。金銭的にも厳しいから、やっぱり今回は一緒に行けそうにないと思うと話すと、母は「チェ」と大きく舌打ちし、「妹は赤ちゃん連れで大変だし、わたしは何もわかってないしで、どうしろって言うわけ」と言う。母にはこういうところがある。自分だって予定を合わせているのに、初めての韓国で不安なのに、それらを無視するのか、と。ごめんと謝ったけど、腹が立って、泣き出したかった。
母はほとんど、わたしと妹をひとりで育てた。父と一緒に店を切り盛りしながら、家事や育児のすべてをやった。夫が不在で、娘ふたりと過ごしているとき、ああ母はこれを十数年間やっていたのだ、と思う。もし父が、彼女を孤独にさせなかったら、わたしたちはもっと違う関係を築いていたかもしれない。母を責めるのは間違っている。それでも時々、うまくいかない。
寝静まった娘たちを見ながら、彼女らにとって、わたしにも母のような片鱗があるのだろうな、と申し訳なく思う。寝付けずXをひらく。ラファの難民キャンプがイスラエル軍に空爆され、45人が亡くなったことが流れてくる。もちろんそのなかには、小さな子どもも、母親もいた。たくさんの母というものを想う。いろいろな気持ちが押し寄せてきて、なかなか眠れなかった。