💐このページをシェア

伊藤万理華さんが語る。「ちゃんと自分のことが嫌い」なまま、自分を大切にして生きる

「わたしにはなにがあるんだっけ?」「なにもないかもしれない」の先に

やりたいことができなかったり、物事がうまくいっていないように感じたり、他の人と比べて自分を見失ったり、焦ってしまったり……。それらは誰にとっても起き得る状況ですが、渦中にいるときには、どう抜け出したらよいかわからないもの。その苦しさや葛藤と、どのように向き合っていけばよいのでしょうか。

乃木坂46卒業後、俳優として活動しながらこれまで3度の個展を行い、本も出版した伊藤万理華さん。伊藤さんは、なにかを生みだそうとする度に「わたしにはなにもないかもしれない」と落ち込み、葛藤する経験を繰り返してきたと言います。2023年12月に公開される映画『女優は泣かない』で、やりたいことがなかなか形にならずにもがくTVディレクター・咲を演じた今回のタイミングで話してくれたのは、自分と向き合い、「ちゃんと嫌いなまま」で、自分を大切にできるのではないか? ということ。「一つひとつの感情を大切にしていたら、自分を大切にすることにもつながっていた」という言葉に至るまでの歩みについて、話を聞きました。

自分の嫌なところも含めて蓋を開けないといけない、かさぶたをえぐらないといけない、と思いました

ー『女優は泣かない』に登場する咲と梨枝は、「うまくいかないこと」や「自分ができないこと」に直面し、もがき、互いに衝突しながらその現実と向き合っていきます。伊藤さん自身も、自分のなかのネガティブな部分や、うまくできないことに対する葛藤を隠さずに進んできたのではないかと感じているのですが、咲と梨枝の姿を、どんなふうに見ましたか?

伊藤:演技しているとき、ずっと眉間にしわを寄せていましたよね(笑)。「これがやりたい」という強い思いはあるけど、そこに到達できていないときの、むしゃくしゃした気持ちはすごくよくわかります。やりたいことの前に、やらなきゃいけないことがたくさんあって葛藤する気持ちも、知っている感情です。でも自分の体験を振り返ると、その葛藤があって初めて、つくりたいものが明確になっていったと今は思います。

伊藤万理華さんが語る。「ちゃんと自分のことが嫌い」なまま、自分を大切にして生きる

伊藤万理華さん

ー葛藤という感情によって、自分の輪郭がわかるようなところがあったのですね。

伊藤:3年前の個展(2020年にGALLERY Xで行われた『HOMESICK』)でそういう経験をしました。これまで3回開催した個展では毎回咲のように葛藤しています。「どんなテーマでつくるか?」「今の自分が、伝えたいことを説得力をもって伝えられるのか?」「かっこつけた発信は、中途半端なものにしかならないのではないか?」……というようなことをずっと考えていて。あとは、発信できていない時期に、「今年1年なにもやれていない、わたしはつまらない人間だ」みたいに、落ちるところまで落ちたりもしています。『女優は泣かない』の咲も、悔しい思いや、誰かとのぶつかり合いの対話などを経て自分のやるべきことを見つけ出しますが、その過程が一番大事なのかなと思います。

伊藤万理華さんが語る。「ちゃんと自分のことが嫌い」なまま、自分を大切にして生きる

『女優は泣かない』場面写真。左から、ドラマ部志望の若手ディレクター咲(伊藤万理華)と、スキャンダルで女優の仕事を失い地元に帰ってきた梨枝(蓮佛美沙子)

ー「見つけ出した」という結果に目がいきがちですが、その手前にある過程が大切だということですね。一方で、渦中にいる苦しさとはどう向き合っているのですか?

伊藤:そういうときは、自分のことが好きじゃないです。ちゃんと嫌いです(笑)。自分のことが好きじゃないから、人にも優しくなれないし、余裕がないと他人と比べてしまいます。そういう自分は嫌いだけど、全てわたしなんです。

「Love Yourself」という言葉がありますが、自分を大切にしなさい、自分を好きでいなさいという言葉が昔は理解できませんでした。今ようやくわかったという感じがしていて。昔はコンプレックスがある種のトラウマにもなっていたし、自分の嫌な部分をなかったことのようにして生きていたところがありました。でも、2022年に『LIKEA』(PARCO出版)という本をつくったときに、抽象的なのですが、「あれ、今わたしのまわりに誰もいなくなった」と感じるような瞬間があってそのときに、「あの人がいたからわたしはものづくりができていたのであって、そもそも自分のなかになにか特別なものってあったっけ?」と原点に立ち返る経験をしました。

伊藤:わたしは多趣味で好奇心旺盛で、カルチャーが好きな人間だと周りから言われてきたけれど、「本当にそう?」「人がいいと言っていたから好きになっただけじゃない?」と自分で自分を突き放しながら考えることを繰り返して。「わたしにはなにがあるんだっけ?」「なにもないかもしれない」。そう気づいてようやく、なにかを生み出すには自分の嫌なところも含めて蓋を開けないといけない、かさぶたをえぐらないといけないんだ、そこまでしないと救われない、と思いました。そのプロセスを経てようやく、自分を好きになる、ということがわかってきたように感じています。

今しかない感情をどう残すかということに対して、ずっと必死になって生きています

ー映画のなかで、俳優の梨枝とディレクターの咲が、互いにぶつかり合いながら「プロであるとはどういうことか」に向き合っていましたよね。今の伊藤さんの話も、ものをつくるときの態度のようなものに近い気がしました。

伊藤:そうですね。ものをつくるときの自分の態度ということでさらに言うと、どれだけ誠実に向き合えているかだと思います。わたしにとっての誠実さは、自分の嫌なところをかっぽじってでも、えぐってでも、それでもやりたいって思うことを見つけること。嫌なところに向き合ってでも前に進みたいなら、その自分のまま人と向き合うこと。自分と向き合って、その後に人と向き合って、それでやっと作品が生まれる。その過程を味わい尽くしたいと思っています。

伊藤万理華さんが語る。「ちゃんと自分のことが嫌い」なまま、自分を大切にして生きる

『女優は泣かない』場面写真

ー自分を取り繕うことなく、人とコミュニケーションをすることは大事だと頭ではわかりつつ、なかなかできないこともあるなと思うのですが、伊藤さんはそれをどのようにやっているのでしょう?

伊藤:相手に本気で向き合ったときに、やっと自分の本音も出るんじゃないかなと思っていて。そういうコミュニケーションを行うのは、全員に対してじゃなくてもいいと思います。たとえば本当につくりたいものがあるとか、この人に自分の気持ちを伝えない限り、突破できない道がある……というような状況はきっと誰にでもあるのではないかと思います。恥ずかしいとか言っていられないので、わたしは自分をさらけだします。特に自分がゼロからつくりあげる作品の場合は、「もうこれで最後の作品にするので」というような構えと勢いでやっているということもあるかもしれません。「これで最後でいいです」と思えるぐらいのものをつくらないと、結局次に進めないので。

ーたとえば「この次はこれをやりたいから余力を残しておこう」というようなことはしない?

伊藤:余力は残しません。だっていつ死ぬかわからないから。大袈裟だと思われるかもしれないけれど、わたしは本当にそう思っています。衝動的に思いついたことや、「これだ!」と思ったその感情を、温めるならいいんです。だけど出し惜しみはしない。つくっていく過程で、どんどん新しい感情が生まれていくから、いつも最大限で出力しています。

ー全部出して、1回空っぽになって、また次にいく。

伊藤:空っぽになって、燃え尽きて。「もうやらないです」って、一生言っている気がします(笑)。1回空っぽにしないと次にいけないのはすごく疲れるし、不器用だからそういうふうにしかできないのかもしれません。でも、今しかない感情をどう残すかということに対して、ずっと必死になって生きています。

一つひとつの感情を大切にしていたら、自分を大切にすることにもつながっていた

ー伊藤さんの演技には、本当にいまこの瞬間にしか生まれ得ない、もう二度と再現不可能なものだと感じさせるような表情や立ち振る舞いがあると思います。だから「今しかない感情を残す」という言葉が腑に落ちる感じがしたのですが、「今」という感覚は伊藤さんにとって大切なものということでしょうか。

伊藤:無我夢中になっているときって、時間というものを感じないですよね。あっという間にこんな時間になってしまった、と思う。わたしはそういう感情を大事にしたいです。最近、言語化できるようになって周りの人たちとよく話しているのは、今・過去・未来について。以前、個展で幕をおろした小さな空間をつくって、そこに過去と最近の自分の映像を重ね合わせて展示したことがあります。一番上には鏡をつけて、見ている人が自分の姿も重ね合わせられるようにして。その展示を目の当たりにしたときに、今・過去・未来というのは切り分けられていなくて、全部同じ場所にある、という感覚になりました。

今も過去も未来も、全部がここにある。そう考えたら、わたしは最初から大切なものを持っていたし、完璧だったなという言葉が、自分のなかから生まれてきて。そのとき、今の自分っていうものを肯定できたと思えました。説明が難しいです……。

ー以前、インタビュー(She is「伊藤万理華「全部私が抱きしめてあげる」。自分を味方につける生き方」)をさせていただいたときには、言語化することがあまり得意ではないと話されていました。

伊藤:そうでした(笑)。

ーなめらかでスピーディーな会話が「コミュニケーション力」として求められたりする現代の状況において、まず感情を大事にするということを見失わないでいたいなと思いました。伊藤さんの話を聞いていると、「感情を大事にした先に、いつか言葉がやってくる」というような感じだったのではないかなと思って。

伊藤:ああ、そうですね。だから、一つひとつのできごとは、多分大したことではないんです。「あっ、これおいしい!」とか、「この匂い好き!」「今の景色きれいだなあ」みたいなささやかなことを、わたしは生きながら回収しています。一つひとつの感情を大切にしていたら、自分を大切にすることにもつながっていたし、気づけばその経験を言語化できるようになっていたという感じです。

ー自分の日常はとるにたらないものだと思いがちでもありますが、いろいろなことが「ある」んですね。

伊藤:ある。逆にある!

ー逆にある(笑)。

伊藤:逆にあるって、わかりにくいかもしれないのですが(笑)。不思議なことに、日々のなにげないことの一つひとつを大切にしていると、そういう役をいただけたりもします。『日常の絶景』(テレビ東京)などが、まさにそうでした。なにも起きていないと感じてしまっている日常のなかで、ふと目に入った美しい瞬間を切り取っているドラマですが、みんなこういう感覚を体験したいんじゃないのかなって。しかももっと素直に味わいたいのではないか。明日のこともあるし、仕事もあるし、あの人のことが気になるし……と、少し先の不安がよぎってしまったりもするけど。

ー日常のなかで考えていたことと重なる作品に出会えたのですね。

伊藤:実際に撮影をしてみると、登場人物たちの気持ちが本当によくわかるんです。日によって建造物の見え方がどれくらい違うのかを楽しんでいる人や、好きなものを言葉にしたいと思っていたり、どうしても撮らなきゃいけない映像がある人などが出てきて。そういう衝動のような感情に情熱を燃やす人の気持ちはよくわかります。わたしも同じだし、知ってる! となります。昔からその感覚を持っていたけど、作品にもそれを投影できるようになってきたんじゃないかなと思います。

『女優は泣かない』予告編

ー『日常の絶景』も『女優は泣かない』も、どちらの登場人物も今しんどくて、やりたいことがやれていなくて焦っていて、未来が不透明な真っ只中にいます。そういう場所にいる/いた自分や、誰かに対して、かけたい言葉があったら聞きたいです。

伊藤:落ちているときは、なにを言われても難しいと感じます。わたしは落ちるときは落ちる、でいいのだと思います。今はそういう時期で、でもきっといつかそこを抜けたときに見える景色はすごくきれいだよ、と言うかもしれません。もちろんわたしも、今でもよく落ち込みます。でも、振り返ってみれば楽しかったことが1個もなかったわけではない。こうやって人と会話したりすることだってそう。過去に自分がつくったもの、というような大きなものも未来の自信になりますが、小さなできごとの一つひとつが大切だったと思い出すこと。それが自分のなかにちゃんとあると気づくこと。それも大事なのではないかと思っています。

いいことばかりじゃなくて、落ち込んだり浮上したりを繰り返すけど、繰り返すからドラマが生まれると思っています。そして、繰り返すけど同じ場所にはいないんじゃないかなと。少しずつ、きっと段階はあがってきている。わたし自身、前よりは言語化できるようになってきたなとか、生きやすくなってきたなと、数年前よりずっと思っています。自分が今後どう生きたらいいかっていうのが、少しだけわかってきた気がしています。

伊藤万理華

1996年生まれ、大阪府出身。2011年~17年、乃木坂46一期生メンバーとして活動。現在は俳優としてドラマ・映画・舞台に出演する一方、PARCO展「伊藤万理華の脳内博覧会」(17)、「HOMESICK」(20)、「MARIKA ITO LIKE A EXHIBITION LIKEA」(22)を開催するなど、クリエイターとしての才能を発揮。主な出演作品に舞台「宝飾時計」、2021年に地上波連続ドラマ初主演を務めた「お耳に合いましたら。」(TX)、「日常の絶景」(TX)、現在放送中の「時をかけるな、恋人たち」(KTV)、「ミワさんなりすます」(NHK総合)。映画『そばかす』(22/玉田真也監督)、映画『もっと超越した所へ。』(22/山岸聖太監督)など。初主演映画『サマーフィルムにのって』(21/松本壮史監督)ではTAMA映画賞にて最優秀新進女優賞を受賞、第31回日本映画批評家大賞にて新人女優賞を受賞。

Website
Instagram
Twitter

『女優は泣かない』

監督:有働佳史
出演:蓮佛美沙子、伊藤万理華、上川周作、他
公開:2023年12月1日(金)〜

『女優は泣かない』

newsletter

me and youの竹中万季と野村由芽が、日々の対話や記録と記憶、課題に思っていること、新しい場所の構想などをみなさまと共有していくお便り「me and youからのmessage in a bottle」を隔週金曜日に配信しています。

support us

me and youは、共鳴を寄せてくださるみなさまからのサポートをとりいれた形で運営し、その一部は寄付にあてることを検討中です。社会と関わりながら、場所を続けていくことをめざします。 coming soon!