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フェミニズムを若い世代にアートで届ける、明日少女隊『We Can Do It!』

発足から9年。「慰安婦」問題、トランスジェンダーの権利などをテーマに作品をつくる

日本や東アジアのフェミニズムをアートを通じてグローバルに発信し続けてきた明日少女隊による、日本初となる個展『We can do it!』が北千住BUoYで開催。高校生の頃に明日少女隊の活動を知ったという、me and you編集部の岩崎はなえによるレポート記事をお送りします。

明日少女隊は「東アジアの若い世代向けのフェミニズム」をテーマにした、第4波フェミニスト・アクティビストによるアートグループ。日本初となる今回の個展では、刑法性犯罪規定の改正や、「慰安婦」問題、トランスジェンダーの権利などをテーマにした、発足から9年分の作品が一挙に展示されました。オープニングパーティーにて、明日少女隊の発起人である尾崎翠さんにお話を聞きました。

広辞苑の「フェミニズム」「フェミニスト」の定義に問いを投げかける《広辞苑キャンペーン》

尾崎さんは、日本のフェミニズムを取り巻く状況は9年の中で大きく変わったと話します。明日少女隊結成前の2014年に「フェミニズム」「フェミニスト」という言葉を検索してみると、検索結果の1ページ目のほとんどがフェミニストに反対する人たちのブログだったそうです。

「当時はフェミニストと名乗っているSNSアカウントがほとんどない状態でした。そのため、私たちがフェミニストを積極的に名乗り、投稿には『フェミニズム』『フェミニスト』という言葉をわざと入れて、アンチフェミニストのブログばかり出てくるネット環境をより健全にしようとしていました。それから2年ほどが経って2017年になると、女性誌がフェミニズムを取り上げるというとても画期的なことが起こり、さらに#MeTooが広がったことで、たくさんの若者たちがフェミニストを名乗るようになりました。今ではまったく違う景色になったと思います」

フェミニズムを若い世代にアートで届ける、明日少女隊『We Can Do It!』

明日少女隊の尾崎翠さんと林芙美子さん。持っているパネルは《私のことは私が決めるマーチ》(2022年)で制作されたプラカード。近年深刻化しているトランスジェンダーに対する排除の動きを受けて、フェミニズムとトランスジェンダーの権利をテーマに作られた作品。

フェミニストに反対する人のブログでは、ほとんどが広辞苑の定義を引用してフェミニズムを批判していたことから、10年に一度の改訂に合わせて始めたのが《広辞苑キャンペーン》(2017年)です。

2008年に出版された『広辞苑 第六版』では、フェミニズムの定義として「女性の社会的・政治的・法律的・性的な自己決定権を主張し、男性支配的な文明と社会を批判し組み替えようとする思想・運動。女性解放思想。女権拡張論。」とあり、フェミニストの定義として「女性解放論者。女権拡張論者。俗に、女に甘い男。」と書かれていました。

署名活動を行った結果、2018年に出版された『広辞苑 第七版』では「フェミニズム」の定義として「平等」という文字が入り、より誤解されない定義となりました。一方で、「フェミニスト」の定義は「女に甘い男」という文言が引き継がれ、さらにその説明が加えられたことによって、「フェミニスト」の項目の80%が「女に甘い男」の説明になってしまったことから、引き続き改定への声をあげる必要があると訴えています。

会場では、改訂前と改定後の『広辞苑』が展示されているほか、署名活動に合わせて制作された歌「拝啓、広辞苑様」を聞くことができます。

フェミニズムを若い世代にアートで届ける、明日少女隊『We Can Do It!』

明日少女隊《広辞苑キャンペーン》(2017年)

「慰安婦」をテーマに3つの国で行われたパフォーマンス《忘却への抵抗》

#MeTooの影響を受け、日本国内でも性被害について声をあげる人が増えてきた2018年、明日少女隊は《忘却への抵抗》という、「慰安婦」をテーマにしたパフォーマンスをはじめました。1932年から1945年にかけて、日本帝国によって強制的に性奴隷となった「慰安婦」。彼女たちに連帯し、また現在も世界中で起きている戦時下の性暴力の問題を広めるために、《日本人慰安婦像になってみる》というパフォーマンスを行っているアーティストの嶋田美子さんとコラボレーションをしました。

ロサンゼルスからソウル、東京と開催地を増やした中で、尾崎さんは日本の状況について「本当にアクティビズムをしにくいし、ストリートアートもしにくい状況になっている」と話します。「慰安婦」問題に関しては特に、日本ではパフォーマンスの許可がおりない可能性があったことから、東京大学でのパフォーマンスはゲリラで行う選択に至ったそうです。そして、このパフォーマンスの1ヶ月後に開かれた『あいちトリエンナーレ2019』では、旧日本軍の「慰安婦」被害者を象徴する作品《平和の少女像》が脅迫によって展示中止に追い込まれたことから「私たちはゲリラでやって正解だったかもしれないし、すごく難しい問題なので、日本ではありとあらゆる可能性を考えて動かないといけない」と尾崎さんは話します。今回の個展の開催場所に関しても、「慰安婦」にまつわる作品は排除の対象になってしまうことから、場所探しに苦労したとか。

会場では、ロサンゼルス、ソウル、東京の三都市で行われたパフォーマンスのビデオが展示されており、それぞれに少しずつ異なる文脈を見ることができます。

フェミニズムを若い世代にアートで届ける、明日少女隊『We Can Do It!』

明日少女隊《忘却への抵抗》(2018年〜)。映像は《忘却への抵抗 in ソウル》(2019年)

明日少女隊が「高校生や大学生もわかるように」活動している理由

私の明日少女隊との出会いは高校生の頃でした。フォローしていたインフルエンサーの方々が、当時はまだ知名度の低い「フェミニスト」を名乗っていたことからフェミニズムに興味を持ち、調べたところで見つけたのが《広辞苑キャンペーン》です。私はポジティブな文脈でフェミニズムに触れたことから、フェミニストが嫌悪の対象になると思っていなかったのですが、広辞苑の定義を見てようやく日本の現在地を知ったような気持ちになりました。

明日少女隊の活動では、「高校生や大学生もわかるように」という言葉をよく目にします。個展に合わせて出版された、フェミニスト・アートの基礎が学べる作品集『We can do it!』も、初学者に向けてフェミニズムの第1派からの流れが追えるような内容です。若年層を対象としていることに関して「多くの隊員の実感として、学生のうちからフェミニズムに触れることができれば、自分の人生はもっと違うものになっていたんじゃないかという思いがある」と尾崎さんは話します。

フェミニズムを若い世代にアートで届ける、明日少女隊『We Can Do It!』

明日少女隊作品集『We can do it!』(発行:アートダイバー/2023年)

「フェミニズムを知らなかったために、被害者非難の言葉を自分自身で内面化してしまうことで心の傷がが深くなってしまう性暴力被害者が多い。性暴力は若年層の女性がターゲットになることが多いなか、そのような子たちにはフェミニズムやジェンダーの教育が行き届いておらず、被害を受けるままになってしまっている」。

このような、知らなかったことによる痛みを私たちで終わりにしたいと強く話している姿はとても印象的でした。また、明日少女隊の結成当初は大学主導の学術的なフェミニズム講座はあったものの、フェミニズムを勉強していない人が気軽に参加できるものは少なかったそうです。当時フェミニズムは高校生や大学に行かなかった人にとってはアクセスしにくい状況であり、明日少女隊の活動によってその溝を埋めていきたいと思ったといいます。

匿名性を保つために、マスクを被って活動。「女性はもともと匿名で声を上げてきた歴史があります」

明日少女隊の特徴でもある、匿名性を保つためのマスク。これは、見た目や性別、肩書きなどではなく、問題そのものに目を向けてもらうためであるほか、実名を出すことのできないメンバーを考慮してのことだといいます。

「女性はもともと匿名で声を上げてきた歴史があります。男性のみが認められる状況が数多くあったこれまでの社会において、女性は男性名を名乗って小説を書いたり、男性名を名乗ってマラソンに出たりしていました。”Anonymous was a woman”というヴァージニア・ウルフの言葉があるように、実名が出せているのならすでにそうしていたであろう人々が、匿名でしか声を上げられないという追い込まれた状況があります。メンバーの中にもさまざまな立場の人がいて、不平等な圧力がかかっている中で、どうやってその子たちの声を担保するのかということです」

そして、明日少女隊も名乗る第4波フェミニストの特徴の一つは、デジタルネイティブ世代であるということ。インターネットによって一般の人々の声も瞬く間に届くようになり、世界各国で女性たちによるムーブメントが作られました。その一方で、スクロールするたびに溢れ出てくるヘイトや問題の数々に疲弊してしまう人も少なくないのではないでしょうか。明日少女隊のマスクには、アクティビズムをするアーティストとしての側面がある中で、マスクを脱ぐことで生活者に戻れるという点もあるのではないかと感じました。

尾崎さんは心のケアに対するサポートが大切だと話します。明日少女隊の中では、バックラッシュを背負う係になっているという尾崎さん。その理由として、アメリカに住んでいるため攻撃する人との距離があること、そしてセラピストによるケアシステムが整っていることを挙げます。バックラッシュを受けて弱ってしまいそうなメンバーにはそのメディアを触らせないなど、グループ内でも心のケアを行いながら、プロによるサポートシステムが誰にあって誰にないのかということを把握する気遣いが大切だと言います。

平等への途方もない道のりをひとりで歩いているわけではないと思いなおせることは、アートやアクティビズムの力

展示されている作品は、現在進行形で起こっている問題でもあります。しかし、展示を見ながら「まだこの問題を解決できていないのか」という落胆ではなく「今にはじまった戦いではない」という強い連帯を感じました。平等への途方もない道のりに疲れてしまうこともありますが、その道をひとりで歩いているわけではないと思いなおせることは、アートやアクティビズムの力であるように思います。しかし同時に、尾崎さんのお話にもあったように、その道を歩ける人を制限してしまっていないかと常に考える必要があると思います。あるいは、自身が当事者ではない問題に関して、どのように集い声を上げていけるのか。すべての人が生きやすくなるためにはわたしが生きやすいだけではいけないのだという、自身の立場を改めて省みる機会にもなりました。

明日少女隊『We can do it!』

会期:2023年7月22日(土)〜8月6日(日)
場所:北千住BUoY

明日少女隊個展「We can do it!」in東京 | BUoY

『We can do it!』

著者:明日少女隊 林芙美子・尾崎翠・杉野芳子・佐多稲子・山川菊栄・山室軍平
発行:アートダイバー
発売日:2023年7月21日
価格:1,870円(税込)

We can do it! | アートダイバー

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