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創作・論考

孤独の時間を抱きしめて

連載:午前3時のソリチュード/中村佑子

早めに就寝して、真夜中にふと目覚める午前3時。映像作家の中村佑子さんにとってその時間は、日常の雑事や役割から解き放たれ、自分の中心と向き合う大切なひととき。そんな「午前3時」をテーマに、中村さんに日々のモノローグを綴っていただきます。母である属性を抱えながら生きる、ひとりの女性の折々の記録。ぜひお楽しみください。

はじめに
 
いま私の生活は他者に投げ出されている。上の子が6歳、今年生まれた赤ちゃんはもうすぐ1歳になる。二人とも園に通っているので、昼間にかろうじて自分の時間はあるが、こなすべき仕事にあて、ときには小一時間かけて通勤し、生活を成り立たせるための穴埋めのような作業――たとえば各所の予約や、足りない食品や生活用品の手配――をしていたら、あっというまに夕方になる。子どもたちを迎えに行けば、そこから時計は不可逆的に前に進む。夜ごはんの準備をし、食べさせてからお風呂、洗濯、洗い物、明日の準備などをしていたら、もうかき集めても砂のように乾いたエネルギーしか残っておらず、子どもたちを寝かしつしているあいだに、自分も一緒に寝てしまう。
 
そして数時間後、目が覚めるのだ。深く寝たので、一瞬どこにいるのかわからない。部屋はまだ真っ暗で、子どもたちの寝息がかすかに聞こえてくる。ああ、一人だ。ここから朝焼けがはじまるまでの数時間、私はふいうちのようにぽっと現れたこの自分の時間を、たしなむように味わってきた。それは、まるで障子にあいた穴のようにどこか寂しげで、スースーした、どこにもつながらないあっけらかんとした穴だ。私はこのあっけらかんとした穴のなかで、一人だったころの、私が誰をも腕に抱きとらず、自分一人の孤独を抱きしめていたころの「私」に戻る。いや、そのころの自分を思い出そうと、もがく時間になる。
 
このエッセイは、夜中の私が「自分を思い出す」ことになぜか必死になっている、その時間を書き取っていこうと思う。まだ子どもを産む前の、一人だったころの自分を思い出すことは、私が私の感覚を守ろうとする、イニシエーションのようなものなのかもしれない。
前作『マザリング』は、子どもという、自分のなかから出てきた「他者」に自分が開かれゆくことの驚き、自己の壁が溶解することの苦しさと烈しさ、そして愉悦を書きとった。でも、赤ちゃんを抱きしめながらつねに私は、自分はたった一人で死んでいくんだと怯え、怯えながらもその自由のなかで自分を燃やしていたころの「私」を忘れたことはなかった。一人で存在する自分と、皮を剥くように一枚一枚他者に向かって開かれていく自分、この両極はまるで並行世界のように別々に存在している。
 
あなたは必ず誰かの子どもで、だから母の孤独は寂しいものと映るだろうか? 否、母の孤独は母を育て、母を守る。孤独とは発見するものではなく、あまりにあからさまな前提条件だ。どんなに家族が増えようが、誰かと親密な交流が起ころうが、そのすべては孤独という前提条件のもとに現れ、人はまた、たった一人の孤独に戻る。だからこそ寄りかかりあえたときの奇跡が人を靭く育てるのだと。決して逆ではないだろう。寄りかかりあうことの前提があって、その上に孤高や孤独があるわけではない。その事実の粛然とした輝きを尊敬しよう。
 
ときおり街で見知らぬ人々を見て感動する。赤ちゃんも老人もみな一人で自分の孤独を抱きとめている。なんてすてきな。私はたぶん子どもを持ったことで、より一層自分の孤独を鍛えあげ、逍遥し、あたため、守り、慈しんできた。その時間をこそ、書き取っていこうと思う。

中村佑子

1977年、東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒。(株)哲学書房にて編集者を経て、テレビマンユニオン参加。美術や建築、哲学を題材としながら、現実世界のもう一枚深い皮層に潜るようなナラティブのドキュメンタリーを多く手がける。映画作品に『はじまりの記憶 杉本博司』、『あえかなる部屋 内藤礼と、光たち』(HOTDOCS正式招待作品)、テレビ演出作にWOWOW「はじまりの記憶 現代美術作家 杉本博司」(国際エミー賞・アート部門ファイナルノミニー)、NHK「幻の東京計画 首都にあり得た3つの夢」(2015年ギャラクシー奨励賞受賞)、NHK「建築は知っている ランドマークから見た戦後70年」等がある。シアターコモンズにて、スーザン・ソンタグ『アリス・イン・ベッド』リーディング演出、AR映画『サスペンデッド』脚本・演出。2020年、初の単著となる『マザリング 現代の母なる場所』を出版。立教大学映像身体学科兼任講師。

映画『あえかなる部屋 内藤礼と、光たち』
『マザリング』まえがき
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