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ゆっきゅん×野中モモが選書から語る。友情作詞家としてつくったアルバム。恋愛以外の親密さ

『生まれ変わらないあなたを』に影響を与えた10冊。パク・サンヨン、ジョージ朝倉、岡崎京子ほか

2021年よりセルフプロデュースの「DIVA Project」を本格始動し、自身の音楽活動をはじめとして作詞提供、コラム執筆や映画批評など、自由な審美眼で活躍の幅を広げているゆっきゅんさん。2024年9月にリリースされたセカンドアルバム『生まれ変わらないあなたを』の発売を記念して、三軒茶屋の書店・twililightでは「『生まれ変わらないあなたを』に影響を与えた10冊」と題したゆっきゅんさんによる選書フェアが行われました。期間中に開催された、ゆっきゅんさんの活動を応援し続けているライター・翻訳者の野中モモさんを迎えた二人のトークの様子をレポートでお届けします。

がんばりたいとき以外の人生の時間もたくさんある。『生まれ変わらないあなたを』に込めたかったもの

トークのなかでまずゆっきゅんさんは、『生まれ変わらないあなたを』のアルバムの全体像について話しました。

ゆっきゅん:“年一”や“ログアウト・ボーナス”の歌詞を書いているときから、「自分がいて、曲があって、聴く人がいて」みたいな直線的なことよりも、いろんな物語のシーンのように映像的なものを歌にしたいと思うようになったんです。「歌にしたい」と思う映像のなかに自分がいないことも増えてきたので、ストーリーテリング的な作詞をすることで、いろんな人の人生の瞬間や、いろんな人の気持ちを描けたらいいなという思いがありました。

今までは、がんばりたいときに聴いてもらえるような曲が多かったんです。「大好きです」と同じくらい「出勤のときに聴いてます」って言われてきた。それは本当にありがたいことで、これからもやっていきたいですが、がんばりたいとき以外の人生の時間もたくさんあると思うので、もっと幅広く、断片的なものを集めたかったんですよね。ドーンとしたマニフェスト的なことではなくて、いろんな人のいろんな時間に聴けるもの。『生まれ変わらないあなたを』は「12曲12人」という言い方をしてるんですけど、そういうイメージのアルバムです。

野中:やっぱりファーストアルバム(ゆっきゅんさんの場合は2022年3月リリースの『DIVA YOU』)は自己紹介っぽい作品になると思うんですけど、今回はいろんな人の物語が集まった短編集みたいな幅や味わいが出てきていますよね。

ゆっきゅん『生まれ変わらないあなたを』(特設サイトはこちら

ゆっきゅん“いつでも会えるよ”MV

ゆっきゅん:『大都会の愛し方』は、パク・サンヨンという韓国の作家の連作短編集なんですが、そのなかの「ジェヒ」っていう短編が好きすぎて。アルバムの最後に収録されている“いつでも会えるよ”の下敷きになっています。

野中:『大都会の愛し方』はこんど映画版が公開されますけど(邦題『ラブ・イン・ザ・ビッグシティ』)、前にゆっきゅんがお勧めしているのを見て原作を読みました。

ゆっきゅん:主人公はゲイの男性で、友人のジェヒはヘテロの女性です。二人は大学生の頃からの友人で一緒に暮らしていたんだけど、ジェヒの結婚などもあってルームシェアを解消するっていう話なんですね。そんな関係の二人の、そういった場面が描かれてる作品を私は初めて読みました。友情、特に異性との間での友情っていうのは、私もすごく描きたいものだし、よく考えるテーマなんですね。『生まれ変わらないあなたを』の歌詞の中で三人も友達が結婚するんです。これは友達の結婚にまつわるアルバムでもあり、クォーター・ライフ・クライシスについての金字塔だと思っています。

『大都会の愛し方』の主人公は、すごく切実な、大きな感情を「ジェヒ」という友達に対して持っているんです。一人称で書かれた小説なんですけど、その心情を読んでいくとすごく見覚えがあって。女友達の彼氏と自分との謎の気まずさとか……。普段彼女が彼氏に見せない笑顔を私の前で見せているので、嫉妬されることとか……仕方ないんです、私がおもしろすぎるから……(笑)。でも「ジェヒ」を読んでそういうことを書いていいんだ、みたいなことを思って。“日帰りで”という曲もジェヒを知った後に書いた歌ですね。ジェヒは、酒を飲むしかない感じの、男を見る目がない人で「竹を割ったような女」って書かれてるんですけど。

野中:すごいエネルギッシュで、生命力に満ちた。

ゆっきゅん:岡崎京子作品とかにも出てくるような、そういう「ジェヒ像」みたいなのがすごく好きで。『大都会の愛し方』についてのミニアルバムをつくらなきゃいけないんじゃないかと思ったくらいでした。やめたけど。

ゆっきゅん“日帰りで”MV

「自分は友情作詞家なので」/ジョージ朝倉『ハッピーエンド』

野中:恋愛には腑分けされないけどすごく濃密な関係というのは、アルバム全編で描かれていていますよね。

ゆっきゅん:そうですね。自分は友情作詞家なので。恋愛感情も好きだけど、同じように友情というか、恋愛以外の親密さみたいなものについて、考えたり感じたり、言葉にしたいと思ったりすることが多かったです。『溺れるナイフ』や『ダンス・ダンス・ダンスール』『ピース オブ ケイク』とかの作者である、ジョージ朝倉の『ハッピーエンド』っていう作品があって。

野中:ティーンのときはお互いが一番大事みたいな感じで過ごしている女性二人が、やがて別の道を辿りはじめるみたいな話ですね。

ゆっきゅん:そこに友情と才能とか、結婚とかも絡んできて、全部詰まってるみたいな漫画なんですけど、それもジョージ朝倉の半自伝的で、泣ける。“いつでも会えるよ”は『大都会の愛し方』の「ジェヒ」の他に、毎年繰り返し読んでる『ハッピーエンド』にも影響を受けていると思います。

「本谷有希子作品に出てくる人物像を、作詞するときに思い浮かべてることがある」/本谷有希子『あの子の考えることは変』

ゆっきゅん:本谷有希子さんの『あの子の考えることは変』っていう小説があって。うだつの上がらない感じの若い女性二人が一緒に住んでる話で、二人の友情はあんまりかけがえなくは描かれていないんですけど。この小説が好きな友達がいて、“いつでも会えるよ”はその友達のことを考えながら書いた側面もあります。

野中:友達との思い出込みで。

ゆっきゅん:そうです。「ゆっきゅんの友達がこれをすごい好きなんだ」って思いながら読んでください。そうやって読書体験は変わっていきますから。僕は本谷有希子作品を結構読んでいて、本谷有希子作品に出てくる人物像みたいなのを、作詞するときに思い浮かべてることがあるような気がします。

野中:でも、爽やかですよね。うだつが上がらなかったり、すごいイラついてたりはするんだろうけど、ゆっきゅんの歌になるとどこかすがすがしい気がする。

ゆっきゅん:それはそうかも。でもやっぱり、歌だからっていうのもあるかも。ポップミュージックってどうしても生命賛歌になっちゃうじゃないですか。時には文字より。元気が出る曲は、元気がないときにこそ聴けるようにつくろうみたいな心がけもするんですけど、J-POPは、どれだけため息つくところから始まっても、最後は希望を持つような終わりになりがちというか。それは一つの守られるべき常套手段でもあるんですけど、一日では元気って出なかったりもする。「だって、一日で落ち込んだわけではないから!」みたいな(笑)。

なので、“ログアウト・ボーナス”をつくったときは、逆に「そのままでいよう」っていう作詞をしました。成長とか変化みたいなことは最後のサビまでしない。そういう歌にしたほうが本当だなっていうふうに思って。歌い方や楽曲の雰囲気はむしろすごく明るくしたんですけど、「明日はがんばろう」みたいなことじゃなくて、「疲れたって言ってんの!」っていう。

ゆっきゅん“ログアウト・ボーナス”MV

ゆっきゅん:ただ、“いつでも会えるよ”の作詞をするときは、最終的にどういう着地……着地って言うと、自分が離陸してたことになるので、いつもびっくりしちゃうんですけど(笑)。どういうふうに終わらせるかみたいなことを、レコーディング前日まで悩みました。例えば、今まで通りに会えなくなることがまだ寂しいみたいなところにいくのか。いや、でもやっぱりアルバムの最後だし、私はポップスを歌っているし、この二人を見ていると、なんか絶対よくなってほしい、と思って。

野中:うん。幸せになってほしい。

ゆっきゅん:関係性が変わってしまってもまた仲良くなったりとか、もっといい関係になったりとか、そういう祈りや願いや希望を描きたいなと思いました。〈あの街に今はまだ行けないな いつか行こうよ〉っていう歌詞があって、前日までは「行きたくないや」みたいな歌詞にしていたんですけど、私がやっている音楽はそういうことじゃないな、と思って変えたんですよね。あれ、歌っていると泣いちゃうんですよね。

“いつでも会えるよ”より。特設サイト『生まれ変わらないあなたを』では、全12曲の歌詞とライナーノーツを読むことができる

野中:別にそんなに前向きにならなくてもいいっていうのは、“次行かない次”とかからも感じられますよね。

ゆっきゅん:確かにそうですね。そういうの、言われて気づきます(笑)。

野中:今は元気ないけど、それでいいじゃんっていう。

ゆっきゅん:そうですね。やっぱり渦中というか、真っ只中にいる人のことを歌わなきゃみたいな思いがあった気がしますね。『ナミビアの砂漠』でも、唐田えりかさん演じる役が最高で、「100年経ったらみんな死んでるから」って言うんですよ。でもその後に「まあそう言っても今、何もピンとこないと思うけど」って続ける。

“次行かない次”の主人公は自分より若い人と設定して書いたんですけど、その人はたぶん数ヶ月経てば、あの状態じゃなくなっていると思うんです。ただ、「だから何?」って話なんですよね。「数ヶ月経てば楽になるよ」みたいなことって、それが真実とか事実だったとしても、その大変なときに聴く歌がないと意味がないっていうか(笑)。

ゆっきゅん“次行かない次”MV

「耽美で、ミステリアスで、自分の辞書にはないから好き」/売野雅勇『砂の果実』

「前向きでない歌詞」という話題を踏まえ、野中さんが、作詞家の売野雅勇さんによる自伝『砂の果実』に触れます。

野中:売野雅勇さんは80年代に売れっ子になった作詞家ですけど、90年代のアンニュイな歌詞も強烈ですよね。中谷美紀さんが坂本龍一さんのトラックで〈生まれて来なければ本当(ほんと)はよかったの……?〉と歌う“砂の果実”とか。

ゆっきゅん:そもそも職業作詞家ってすごく好きで、写経をしたり、研究分析したりしてたこともあったくらい。売野雅勇さんは“少女A”とかヒットソングをたくさん書いた人で、“美貌の青空”“MIND CIRCUS”“天国より野蛮〜WILDER THAN HEAVEN〜”“ダイヤモンドは傷つかない”“Sanctuary〜淋しいだけじゃない〜”……好きな曲がたくさんあります。

でも好きだけど、影響を受けられるような存在ではないっていうか。耽美で、ミステリアスで、自分の辞書にはない。自分にないから好きみたいなのもある。

野中:「自分の中に耽美がない」わかる(笑)。元気いっぱいに前向きではないかもしれないけれど、どこか健やかというか。

ゆっきゅん:ちなみに“砂の果実”は“ぼくたちの失敗”がリファレンスだってことがこの自伝のなかで明かされていて。

野中:ドラマ『高校教師』(1993年)の主題歌としてリバイバルヒットした、森田童子さんの楽曲。オリジナルは70年代のフォークですよね。

ゆっきゅん:森田童子の書いている歌はすごいクィアだと思ってて、いろんな読み方ができる歌や、友情の歌をたくさん書いてるんですね。自分のなかに「全共闘BL」って言葉があるんですけど……なんだよ全共闘BLって。でも、「全共闘BL」、いつか書きたいなーって思ってます。

野中:今のBLドラマとかはもっとポップに寄せているのが主流だと思うんですけど、ゆっきゅんは学生運動も意識してるんですね。作詞家といえば、『生まれ変わらないあなたを』には児玉雨子先生ソングもありますよね。

ゆっきゅん:そうなんです。“だってシンデレラ”。あれは下戸の歌をつくろうって言って、ほとんど雨子さんが書いてくれて、空いてるところは私が書いて、っていうやり方でつくりました。

ゆっきゅん“だってシンデレラ”の歌詞(特設サイト『生まれ変わらないあなたを』より)

野中:“だってシンデレラ”は「ノンアル・エレクトロポップ」と言っていましたが、ゆっきゅんはお酒は飲まない?

ゆっきゅん:飲まない。全然と言っていいと思います。でも金原ひとみさんの前ではジントニックを一杯飲みます。小説によく出てくるので。

野中:お酒以外の飲み物歌手ですよね。

ゆっきゅん:そう。1曲目の“ログアウト・ボーナス”は常温の水が出てくるし、“いつでも会えるよ”にはウォーターサーバーも出てくるし。

野中:(デビュー曲“DIVA ME”は)「ドリンクバーが大好きだ」から始まってますからね。

ゆっきゅん:それでデビューしてる(笑)。歌にたくさんのソフトドリンクが出てきますね。

野中:“片想いフラペチーノ”とかね。

「やっぱり岡崎京子が全部先にやってるんだ! ってなりました」/岡崎京子『岡崎京子未刊作品集 森』

話題は選書に戻り、続いて『岡崎京子未刊作品集 森』と“年一”の関係性について話すゆっきゅんさんと野中モモさん。

ゆっきゅん:『森』はすごくいい。未完の作品集なんですけど。

野中:全3回の予定が1回完成したところで事故に遭われてしまって。その「森」とそれまで単行本に未収録だった短編やイラストを集めた作品集なんですよね。

ゆっきゅん:短編として入っている「毎日がクリスマスだったら」っていう作品があって、それが“年一”っていう歌の着想源。リリースしたのは2023年の11月なんですけど、この歌のことは夏ぐらいから考えていて。クリスマスの友情を描こうと思っていたときに、たまたま「毎日がクリスマスだったら」を読んで、もうあるんだ! って。やっぱり岡崎京子が全部先にやってるんだ! ってなりました。岡崎京子の漫画を読むと結構そういう気持ちになります。

クリスマスイブに、「去年は彼氏がいて楽しかったけど、今年は最悪~」みたいな感じでいたら、元カレの今カノとおぼしき人物がいて、話しかけるんですよ。そしたら、「やめてください、私も別れました」って言われて、元カレはもうその次の人と婚約をしてるという。それで二人の間にその夜限りの友情みたいな関係が芽生えて、大好きだった元カレが今の相手とクリスマスデートをしてるところに行って、シャンパンをぶっかけて帰るっていうめちゃくちゃいい話なんです。

この二人はもう二度と会わないし、会うわけがないんです。たまたま会って、ありえない共通項があったからその日を楽しく過ごしただけ。「さよなら そしてメリークリスマス 来年はきっともっと素敵なクリスマスが待ってるね」って言葉を、主人公がたまたま出会った女の子に言ってあげるんですけど、好きすぎてスマホのロック画面にしています。お互いに連絡先も知らないだろうけど、その日のことは思い出すだろうな、みたいなのが、私、好きなんですよ。

野中:88年の作品ですね、バブル真っ盛りのときの。

ゆっきゅん:すごい、Perfumeのメンバーの生まれ年ですね。Perfumeと姉の生まれ年です(笑)。

野中:そういう三角関係で想いを寄せられる人が蚊帳の外みたいになっちゃう話、私もすごい好きですね。ライバルとされている二人のあいだのつながりの方が濃いやつ。男女の恋愛ものばかりで同性間のつながりに注目する作品が今よりもっと少なかった時代に、無理矢理そういうものを探していたからなのかもだけど……。

ゆっきゅん:他の岡崎京子作品も友情を描いているものが多いのが好き。『チワワちゃん』とか。

野中:『危険な二人』とか。

ゆっきゅん:『危険な二人』も読んだ。あと秋の日は……。

野中:『秋の日は釣瓶落とし』。

ゆっきゅん:あれも、オルタナティブな家族っていうか、そういうものを描いているところがすごく好きで。

野中:うんうん。あの作品は「おばあちゃん」がまだ50代というところに80年代を感じます。今の50代と全然違う。あと『虹の彼方に』(『私は貴兄のオモチャなの』収録)とか。女の子二人で、わーって走って終わるみたいな。

ゆっきゅん:読んでみます。

twililightで行われた「『生まれ変わらないあなたを』に影響を与えた10冊」(2024年10月17〜31日)の様子

「人を笑わせている人って、すごい輝いてます、自分のなかで」/西澤千央『女芸人の壁』

野中:“年一”は、ビデオにゆっきゅんがあんまり出てこないシリーズの始まりですよね。

ゆっきゅん:“年一”には私はチラッと出るだけ。もう作詞をしているときから自分のイメージがバンって出る歌じゃないなっていうのがあったので、友達に出てもらいました。キャスティングは結構悩んで、阿部はりか監督と相談して、本当の友達がいいってなって。“年一”に出てる二人は本当の親友同士なんですよ。あと、最初は女芸人の歌にしようと思ってたんです。

ゆっきゅん“年一”MV

野中:あの二人が女芸人ってこと?

ゆっきゅん:そう、あの二人か、どっちかが。今回『女芸人の壁』も選書してますけど、自分はもともと女性芸人がすごく好き。女芸人になりたかったみたいなところがあって、でも女芸人にはなれないので、それをどう受け止めて自分の仕事をやるかみたいな状況なんです。でも結果的に、女芸人の歌をつくるのはめっちゃ難しかったです。職業を示すって結構難しいんですよね。

野中:たしかに……「あそこの劇場に今日も行くわ」みたいな歌詞を入れていく感じになるんでしょうかね。

ゆっきゅん:具体的なストーリーを歌詞に書くことはできるかもしれないけど、女芸人の歌にしたうえで普遍性を担保するのが難しいというか。もうちょっといろんな人の記憶にアクセスできる、開かれたクリスマスソングにしたかったので、結局女芸人の歌にはできなかったんです。でも、いい本なんですよ、『女芸人の壁』。

野中:インタビュー集ですか?

ゆっきゅん:そうなんです。西澤千央さんという方が書いている。納言の薄幸さんや、Aマッソの加納さん、鳥井みゆきさん、中島知子さん、清水ミチコさんとかのインタビュー集。あと、上沼恵美子論が最後にあって。

野中:幅広い世代。私、芸人とかお笑いのこと全然知らないけど……。

ゆっきゅん:私もお笑いのことは知らない。好きな芸人のことは知ってます。芸人という職業を選んでる時点でまず好き。おもしろすぎる女性のこともすごい好き。人を笑わせている人って、すごい輝いてます、自分のなかで。だから黒沢かずこさんになりたくて、黒沢かずこさんの完コピをしたり。せずにいられなかっただけで、なぜですかとは聞かないでほしいんですけど(笑)。答えられないので。だから、職業でひとくくりにできるわけではないですが、いつか女性芸人のことは歌いたいと思ってますね。

「自分のなかの真実とか本当のことっていうのをずっと手放さずに」/小野絵里華『エリカについて』

ここまでは1曲と1冊の関係を主軸に話が進んできましたが、ここからはゆっきゅんさんが作詞をする際にお守りのように携えていた本や、学生時代に読みたかった本、学生時代の大切な出会いの記憶が蘇る本についての話題です。

ゆっきゅん:『エリカについて』は詩集です。なかなか売ってなくて、見つけたら何冊か買って帰って友達にあげています。小野絵里華さんっていう方が2年前に出した初めての詩集です。

私は現代詩の詩集を買ったり読んだりするものの、ある程度の距離を感じていたというか、自分は何かが欠如してるなと思ってて……。何かがわからないときに、あんまり自分の感性が欠如してるとか思わなくていいんですけどね。みなさんも思わないでください。でも、思ってしまうじゃないですか。

野中:わかんないものは、わかんないままでいいですよね。わかんないけど、いつかわかるかもと思って触れてみてもいいし。

ゆっきゅん:そうそう。でも、『エリカについて』を読んだときに、もう一発で私、現代詩ってものと和解したというか。現代詩はわからないと思ってたんですけど、「違う。ものによるわ」って気づいたっていうか。当たり前のことなんですけど。友達にあげたら、「ゆっきゅんの作詞に似てるとかじゃないけど、ゆっきゅんがこれが好きなのはすごいわかる」みたいに言ってもらいました。この詩集には日常のいろんなことが書かれているけど、ただ焼き鳥を食べることとかが書いてるんですよ。

野中:焼き鳥屋で女子会。

ゆっきゅん:そう。女子会現代詩があって。小野さんの詩がユリイカに投稿されたときに、おそらく審査員の方が、「作品として、詩として書くほどの内容ではないことが書かれているような気がするが、何かがあるような気もする」みたいなことを言っていたらしくて。それって私もやってることだな、みたいに思って。あと、『anan』で小野さんと対談させてもらったのが『ananweb』に載っているのでよかったら読んでください。

『エリカについて』の最後に「わたしは詩を書きたかった」っていう詩があって、それを読むとね、なんか泣いちゃうんですよね。朗読していいですか?

(ゆっきゅんさんによる「わたしは詩を書きたかった」の朗読)

ゆっきゅん:作詞をしてるときは、自分のなかの真実とか本当のことっていうのをずっと手放さずに、絶対に嘘をつかずに、詩を書くんだっていう気持ちのお守りや宝物みたいな感じで『エリカについて』を持ち歩いてました。

詩集で言うと、最果タヒさんの『恋と誤解された夕焼け』も、“プライベート・スーパースター”の作詞をするときに、伝わりやすい言葉で大胆な表現を試みようと思って、意識しました。「力を貸してくれ!」みたいな感じで。君島大空さんが満を持してJ-POPのいい曲をつくるって意気込んでやってくださったので、「じゃあもう、J-POPの歌詞を書くよ!」って。いつも書いてるけど(笑)。

ゆっきゅん×君島大空“プライベート・スーパースター”MV

野中:〈僕がスーパースターになっても友達でいてくれる?〉って台詞が印象的ですよね。

ゆっきゅん:それが私のなかに最初にあったフレーズです。

野中:どんなふうに思いついたか覚えてます?

ゆっきゅん:……なんか思った。歌詞としてというより、まず思ったんだと思います。例えばファーストアルバムに入れた“NG”っていう曲があって、それは人と人が一緒にいられなくなるときの歌。置いていかれたほうの気持ちはよく書かれてるから、誰かを置いてでも先に行かないといけない才能のある人の歌を歌ってあげたかった。そういう風に、よくある見方の向こう側を考えると新しい心が見えてくるんです。売れていって存在を遠くに感じる、みたいなのはあるけれど、その逆の言葉。〈僕がスーパースターになっても友達でいてくれる?〉は、インスタのストーリーに前に載せてた自分の言葉だったと思います。

野中:そうか、そういうストーリーとかSNSに書いてることが曲に展開していったりもするんですね。

ゆっきゅん:そうですね。歌詞も普段の言葉で全部書いてるので。「歌詞っぽすぎ」って思ったら変えるので。もっと自分の体というか感覚に引き寄せるというか、歌詞を書くときにはそういうのがありますね。例えば“シャトルバス”という歌は、式典から一人で帰る歌なんですけど、〈色々あった人 席遠かった〉っていう歌詞があって。それは、最初〈忘れられない人〉って書いてたんですよ。けど、歌詞すぎって思って〈色々あった人〉に変えたんですよね。自分が普段しゃべってるような言葉の感じにするっていうのが私の作詞のやり方です。だから、LINE作詞家でもありますね。

野中:詞を書くとなると、どんなプロセスになるんでしょうか。

ゆっきゅん:“ログアウト・ボーナス”や“幼なじみになりそう!”は例外で、スマホで1時間くらいで全部書いちゃったんで、何もプロセスがない(笑)。“いつでも会えるよ”とか、他の大体の曲はちょっと時間をかけて書いていて、歌に出てくる人が誰なのかとか、いわゆる5W1Hみたいなことを想定したうえで、その人から出てくる言葉とか、その人の周りにあるような言葉みたいのをバーっと、ノートに手書きで書くんですよ。たくさん書いたなかから歌にはめていくみたいな感じですかね。

「自分のなかにいろんな視点や並列している感情がある」/金原ひとみ『パリの砂漠、東京の蜃気楼』

ゆっきゅん:金原ひとみさんの作品はどれを選ぶか結構迷いました。(今回選ばなかった)『ミーツ・ザ・ワールド』っていう小説も、“プライベート・スーパースター”や“いつでも会えるよ”に通底しているものがあって……。『パリの砂漠、東京の蜃気楼』は、2022年に出た、金原さんがパリに住んでた頃のエッセイ。金原さんがエッセイを書くのは珍しいんですけど、エッセイと小説、あまり書き分けないらしいです。

最後の文章を読んだとき、これを読んで本当によかったなと思いました。自分のなかにいろんな視点や並列している感情があって、そのあらゆることが「今」起きているって感じがしたというか。金原さんの文章を読むと、自分の気持ちや、その気持ちとは相反するように見えてしまう気持ち……そういうのを全部言葉でちゃんと離さないままここにいることができるはずなんだって思える。それらを誰かのためにわかりやすくする必要はないんだっていうことを、思わせてくれるんです。

野中:最近は英語圏だと、三人称単数の代名詞にheやsheでなくtheyを選ぶ人が増えているじゃないですか。それは男か女というジェンダーの二分法に取り込まれたくないっていうのと同時に、複数の私があるっていう自己のかたちに馴染むというのもあるのかなって思ったりします。

ゆっきゅん:考えたことなかったですけど、確かに。アルバムの12曲は、自分以外のことも書いているので「they」ですけど、めちゃくちゃ私自身でもある。今の話を聞いて、そんなことを思いました。

「自分が感じていたような憤りをソンタグは16歳で感じていた」/スーザン・ソンタグ『私は生まれなおしている』

野中:スーザン・ソンタグはアメリカの作家で評論家ですね。『反解釈』や『隠喩としての病』がよく知られているのかな。

ゆっきゅん:スーザン・ソンタグの作品からは、14歳から30歳までの日記をまとめた『私は生まれなおしている』を選びました。ソンタグは16歳でインテリに絶望して、「知識の集積は、基本的な感受性の反映としてなされるべきだ」って力強く書いていて、私はそれを読んだときに、なんで学部1年生のときにこれ読ませてくれなかったんだろう? って(笑)。自分が感じていたような憤りをソンタグは16歳で感じていて。その後、批評に実践的に取り組んでいくわけなんですけど、すごくかっこいいなと思ったし、共感したんですよね。

アルバムに影響を与えた先生の存在/河野真理江『メロドラマの想像力』

野中:これで全部でしょうか……あ、最後にあと一冊、『メロドラマの想像力』。

ゆっきゅん:河野真理江先生には大学院2年の1年間すごく仲良くしてもらって。その河野先生が、「あなたはこういうのを読んだらいいんじゃない」って。そんな言い方じゃなかったかな……。でもそうやって、スーザン・ソンタグの『反解釈』に収録されている「《キャンプ》についてのノート」っていう章の全ページコピーをくれたんです。

河野先生はメロドラマ研究をしていて、もともとはわりと文献調査をして過去の作品に新しく光を当てる形の研究だったんだけど、先生自体の感情や感性や体験がすごくおもしろい人で。それで自分のことを少しずつ書いていってどんどんと最高に面白い映画評論家になっていったんですけど、2021年の9月に亡くなってしまって。2023年に、先生の原稿をまとめて出版されたのが『メロドラマの想像力』です。

大林宣彦の『その日のまえに』っていう映画があって、それについて書いている河野先生の文章がすごく好きなのと、あと、ペドロ・コスタについて書いていると思いきや、話が飛ぶやつもすごいおもしろい。スーザン・ソンタグの「《キャンプ》についてのノート」のコピーをくれた恩人でもあるので、ずっと寂しいんですけど、河野先生には人生のいろんな話を聞いていたから、『生まれ変わらないあなたを』のアルバムにも滲んでいると思います。

ゆっきゅんさんが影響を受けた作家や作品の魅力を掘り下げることを通して、『生まれ変わらないあなたを』を紐解いていった90分。選書された10冊と、そこから派生して紹介された作品にはそれぞれの持ち味がありながらも、人と人の多様な親密さや、人生の途中で生じるさまざまな場面や感情に光を当てるさまが通底していました。普段使いの、耳慣れた言葉が歌詞になっているのに、「こんな関係や感情が確かにあった」と、ハッと思い出させ、大切なものを迎えに来てくれるようなゆっきゅんさんのつくる歌。その魅力の一端が、垣間見られるようなトークでした。

ゆっきゅん

1995年、岡山県生まれ。青山学院大学文学研究科比較芸術学専攻修了。サントラ系アヴァンポップユニット「電影と少年CQ」のメンバー。2021年よりセルフプロデュースでのソロ活動「DIVA Project」を本格始動。でんぱ組.incやWEST.への作詞提供、コラム執筆や映画批評、TBS Podcast『Y2K新書』出演など、
溢れるJ-POP歌姫愛と自由な審美眼で活躍の幅を広げている。
2024年9月には2ndアルバム『生まれ変わらないあなたを』を発表した。

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野中モモ

ライター、翻訳者(英日)。訳書にナージャ・トロコンニコワ『読書と暴動 プッシー・ライオットのアクティビズム入門』(ソウ・スウィート・パブリッシング)、デヴィッド・バーン 『音楽のはたらき』(イースト・プレス)、ヴィヴィエン・ゴールドマン『女パンクの逆襲 フェミニスト音楽史』(ele-king books)など。著書に『デヴィッド・ボウイ 変幻するカルト・スター』(筑摩書房)、『野中モモの「ZINE」 小さなわたしのメディアを作る』(晶文社)など。

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ゆっきゅん『生まれ変わらないあなたを』

発売日:2024年9月11日

1.ログアウト・ボーナス
2.幼なじみになりそう!
3.プライベート・スーパースター
4.かけがえながり
5.年一
6.Re: 日帰りで – lovely summer mix
7.遅刻
8.だってシンデレラ
9.lucky cat
10.シャトルバス
11.次行かない次
12.いつでも会えるよ

特設サイト『生まれ変わらないあなたを』

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