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「カメラで撮られないと残せないから」映画『レイブンズ』瀧内公美インタビュー

深瀬昌久の妻・洋子を演じて。「撮る/撮られる」の複雑な関係、俳優業で生活していくこと

「そんなものの後ろに隠れてないでちゃんと見てよ。カメラじゃなくて、あなたの目で見てよ」。

1934年から2012年を生きた写真家・深瀬昌久の半生を描く映画『レイブンズ』。2025年3月28日に公開されるこの映画では、浅野忠信さんが深瀬を演じ、その妻であり彼の写真のモデルでもあった洋子を瀧内公美さんが演じています。

冒頭のセリフは、劇中で洋子が深瀬に向けて発する言葉です。真っ直ぐな言葉と態度で自身を表現し、主体性を持って深瀬の写真に写った洋子を演じた瀧内公美さんは、二人の関係をどう捉えたか。そして、2024年に独立し、俳優業を主体的に進めている瀧内さんは今、カメラに写る人生をどう考えているのか。話を伺いました。

当時の女性像にとどまらない、エネルギッシュな洋子役を演じて

ー『レイブンズ』は実話を基にした作品であり、瀧内さんは写真家・深瀬昌久さんの妻、洋子さんを演じられました。

瀧内:まず、洋子役のお話をいただいて初めて深瀬昌久さんのことを知ったので、こんな二人がいたのだと。それから、『レイブンズ』で描かれている洋子には、1960年代から70年代当時の女性像にとどまらない革新的なところと、能を習ったり、再婚相手に深瀬とはまた違ったタイプのいわゆる安定した人物を選んだりした保守的なところ、その両方が共存しているおもしろさがあると思います。

瀧内公美さん

ー瀧内さんが演じられたことで、エネルギー溢れる洋子さんの姿がより感じられました。実際に演じてみていかがでしたか。

瀧内:洋子はとてもエネルギッシュで、演じるのはハイカロリーでした。作品のお話をいただいたのがコロナ禍の時期だったので実際に洋子さんにお会いすることはできなかったのですが、深瀬さんが撮った洋子さんの写真や、当時洋子さんがお書きになったエッセイから洋子像を見ていきました。

『レイブンズ』予告編

ー写真という媒体はどうしても、写す者が切り取りたいように切り取れてしまう、見る者が見たいように見ることができてしまう面もありますが、洋子さんは、深瀬さんの写真に写るのみならず、ご自身の言葉を書き残してらっしゃるのですね。

瀧内:役を理解するにあたっても洋子さんが書いたエッセイを読めたのは大きかったですね。一番印象に残っているのは、しばらく家を空けてから帰ってきた深瀬さんについてのエッセイ。最初は二人で飼っていた猫の話をしているんだと思って読んでいたんですけど、深瀬さんを猫に例えて書いてるんですよね。その表現が秀逸で。

深瀬さんが家出したのか、洋子さんに出て行かせられたのか、ちょっと遊びに行っていたのかは彼の行動をどう捉えるかだと思うんですけど、深瀬さんが帰ってきたとき、お腹を空かせて痩せ細っていたという描写があるんです。そんな様子の彼を、一筋縄ではいかないイメージがある猫に例えたそのエッセイから、洋子さんの想像力の豊かさと愛情の深さが読み取れましたね。

洋子は、あるときは屠畜場で家畜とともに、あるときはウェディングドレス姿で煙草片手に、あるときは二人で暮らす団地で、あるときは深瀬の実家である北海道の写真館で、深瀬の写真に写った

ー深瀬と洋子は、撮る、撮られるという関係でありながら、恋人同士、夫婦でもありました。作中では洋子がカメラを構える深瀬に対して「そんなものの後ろに隠れてないでちゃんと見てよ」と言うセリフや、カメラを奪い取って「これが私を殺すんだよ」と言うセリフがあります。それらの言葉からは撮影行為の暴力性が感じられますが、夫婦関係かつ、撮る、撮られるという関係であった二人のことをどのように捉えましたか。

瀧内:私は暴力性とは全く感じなかったですね。お互いに愛し、愛されたかったんじゃないかなって、シンプルにそれだけだと思います。洋子さん自身は、被写体でいることが好きだったみたいです。一方で、そうして洋子さんが注目されることで深瀬が前に出ない部分があった。深瀬がMoMA(ニューヨーク近代美術館)で展示したときのシーンにあるように、洋子さんばかりが目立つ状況が続いていて、深瀬のほうがフラストレーションを溜めていたところもあったと思います。

『レイブンズ』場面写真。MoMAに深瀬の作品が展示されたときのシーン

瀧内:女性が前に出たくても出にくかった時代ですし、撮る、撮られるという構図から見て、深瀬が搾取する側で洋子が搾取される側だったように感じたかもしれないのですが、彼女のエネルギッシュな性格から言ったら逆だと思いますね。それでいて、全体的に見ると持ちつ持たれつ離れられない、という関係だったのではないかと思います。

ーたしかに、二人にしかわからない、深瀬と洋子ならではの関係性があったのだろうと思います。

瀧内:ポスタービジュアルにもある通り、深いつながりがあった二人は、鎖でつながれているようなところもあったと思います。簡単には切っても切っても、切れないですよね。

洋子は深瀬さんと別れて他の人と再婚しましたけど、もう深瀬さんと会わないというわけでもない。深瀬さんの個展に行って「私、結婚したのよ」と伝えられるし、深瀬さんもそれを聞けるんですよね。自分に置き換えて考えたら、できないなと思います。それから、深瀬さんが晩年病院生活をしている間、実際に洋子さんはずっとお見舞いに行っていたそうです。

ーお話を伺いながら、瀧内さんのなかにも、そういった関係の割りきれなさや、人間が抱える多面性のようなものを見出すところがあるように感じました。

瀧内:私自身、基本的には性善説を信じている人間なのですが、性悪説を理解できるところもあるというか。人間には善悪両方があるのだなということを、この作品に出演して改めて思いました。悪とされていることをしてしまうのも人間だし、いいことをしたい、正しいことをしたいと思うのも人間。そしてお互いの正しさがぶつかり合って、それぞれが苦しむこともある。深瀬と洋子はその境地とも言えます。その割り切れなさは、人間味でもあると思うんですよね。

『レイブンズ』ポスタービジュアル

表現していない時間に、人一倍映画を観て歩んできた

ー瀧内さんご自身のことも伺いたいです。瀧内さんは俳優業をされてきたなかで、撮られること、写ることをどう受け止めていますか。

瀧内:私は、あんまりそのことを深く考えたことはないですね。だって、カメラで撮られないと残せないから。今まで自分自身がなにをどう表現するかに精一杯で、カメラでどう切り取られるか、どういう画をつくっていくのかに対しては、最近やっと興味を持てるようになってきたかもしれません。

完成した『レイブンズ』を観て私が一番感じたのはショットの強度です。ワンショットワンショットが強烈で、絵画のような画でしょう。やっぱりああいうショットは、構図について相当研究されていないと撮れない。「このシーンが忘れられない」「あの瞬間がすごくよかったよね」と思ってもらえたらいいな。

最近観た映画の中で印象的だったのは、バス・ドゥヴォス監督の『Here』。一枚の画として、美しくて素晴らしかったです。カンヌ、ヴェネツィア、ベルリンの世界三大映画祭で上映されている作品は必ず観るようにしているんです。時代性が見えてきて好きなんですよね。

ー求められる作品にも時代性がありますね。『レイブンズ』では、深瀬が写真家としての道を歩むなかでの苦悩も描かれていますが、瀧内さんご自身、事務所から独立され、フリーランスで活動されています。良質な作品に出演されていらっしゃる印象もあるのですが、自分自身の道を歩んでいくためにはどのようなことを考えていますか。

瀧内:俳優一本でご飯を食べていくことの難しさを身をもって理解しています。ずっとアルバイトをして生計を立ててきて、7年前くらいにやっとアルバイトを辞められたんです。生活していけるかどうかを大事にしてきました。でもお芝居が好き、お芝居がしたい、ただそれだけでどこまでいけるのかっていつも考えていましたね。いまは、自分がいただいたものでいかに鍛えられるか、そこに重点を置いています。

ー三大映画祭で上映される作品を必ず観るのも、自分のキャリアをつくっていくうえでの工夫の一つなのでしょうか。

瀧内:第一線でやられている俳優さんたちと比べて自分にできることってなんだろうと考えたときに、その方たちが表現していらっしゃる時間、私には表現していない時間があるわけです。私はその時間に死ぬほど映画を観るしかないんじゃないのか、と。数年前までは配信も一般的ではなかったので、そんなに頻繁に劇場に出向くことは物理的に難しいわけで。私にあるのは時間だけだと思って、そこで勝負をかけようと思ったのがきっかけでした。俳優業でこれからも生活を続けていけたらいいなと思っています。

瀧内公美

1989年10月21日生まれ、富山県出身。
内田英治監督『グレイトフルデッド』(14)で映画初主演。2019年公開の主演作『火口のふたり』で、第41回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞・第93回キネマ旬報ベスト・テン主演女優賞、2021年公開の主演作『由宇子の天秤』で、第31回日本映画批評家大賞主演女優賞・第31回日本映画プロフェッショナル大賞主演女優賞など、国内外で多くの賞を受賞。近年の主な出演作に、NHK大河ドラマ「光る君へ」(24)、Netflixシリーズ「阿修羅のごとく」(25)、TBSドラマ「クジャクのダンス、誰が見た?」(25)、映画『敵』(吉田大八監督)、主演映画『奇麗な、悪』(奥山和由監督)など。

『レイブンズ』
2025年3月28日より、TOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館、ユーロスペースほか全国公開。

監督/脚本:マーク・ギル
製作:VESTAPOL/ARK ENTERTAINMENT/ MINDED FACTORY/ KATSIZE FILMS/THE Y HOUSE FIILMS
製作協力:TOWNHOUSE MEDIA FILMWORKS/TEAMO PRODUCTIONS HQ
撮影:フェルナンド・ルイス
音楽:テオフィル・ムッソーニ ポール・レイ
出演:浅野忠信、瀧内公美、古館寛治、池松壮亮、高岡早紀
2024年/フランス、日本、ベルギー、スペイン/日本語、英語/116分/カラー/2.35:1/5.1ch
原題:RAVENS/日本語字幕:先崎進/配給:アークエンタテインメント
ⒸVestapol, Ark Entertainment, Minded Factory, Katsize Films, The Y House Films

映画『レイブンズ』公式サイト

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