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同性カップルも訪れる結婚指輪工房ith。対話を重ね、二人の物語を指輪で紡ぐ

同性婚ができない現状。レズビアン当事者の視点で発信する山﨑穂花さんが綴る

誰かと巡り合って二人で生きていこうとするときに、その気持ちを表す一つの形である指輪。二人の関係性も、一人ひとりの個性もそれぞれ異なるはず。それなのに、結婚という形だけが共にいるありかたではないものの、同性同士は日本では法律婚ができないという不平等や、「女性はこう・男性はこう」といった性別二元論的な婚姻にまつわる慣習が根強く存在しています。

ith(イズ)は「たくさんよりも、ひとつを大切に」をコンセプトに、対話を大切にしながらそこにしかない指輪をつくるオーダーメイドの結婚指輪アトリエ。お店に多くの同性カップルが訪れる中で、10周年を記念し「結婚も恋愛もひとつとして同じカタチのない多様性の時代のなかで、人はその“指輪”に何を想うのでしょうか」というメッセージと共にブランドムービーを制作しました。ソニーミュージックが運営する物語投稿サイト「monogatary.com」でこのムービーをお題とした物語を募集し、選ばれた大賞作品の物語をもとにアーティストのyamaが楽曲制作を行うプロジェクトを行っています。

今回はレズビアン当事者の視点からライターとして発信されている山﨑穂花さんが、ithの指輪工房を体験。ithの高橋亜結さんと𠮷田貞信さんにお話を伺いながら、ithが大切にしている思いや、多様な関係性の形や結婚指輪のあり方について綴ってくれました。

最近、意識不明の重体となって病院に搬送されたパートナーのもとに駆けつけたものの、同性パートナーであることを理由に容態を教えてもらえなかったというニュースを見た。法的保証がなければ、「家族」として認識されないのだ。20年以上も寄り添ってきたパートナーなのに。

レズビアンである私は、大切な人ができた時のことを考える。いつ何があってもパートナーのそばに居てあげられるだろうか、と。今の日本では、パートナーシップ制度だけでは同性同士の関係性が保証されない状況があまりに多い。2人の関係性がいくら強固なものだとしても、関係性の糸は脆い。世の中には「ないもの」とされてしまう関係性がたくさんある。しかし、100あれば100通りの関係性がそこには存在する。

そんな多種多様な関係性を一つひとつ大切にしながら、唯一無二の結婚指輪をつくるith。地獄のような社会でも、手元を見ればあの大切な人の存在を感じられる。指輪という存在が、2人の生きる世界を照らしてくれるように。

結婚指輪から考える「多様性」のあり方とは何か。ithのアトリエで話を聞いた。

小さなアトリエから生まれた、2人だけの指輪

吉祥寺駅から10分ほど歩いた先に、こじんまりとした小さなアトリエがある。かつては貸しアトリエとして開かれ、物づくりに励む作家さんが集まっていたらしい。その作家の1人が、現在のithを運営する高橋亜結さんであり、同じ志を持った𠮷田貞信さんと共にブランドを育てている。

正直に言うと、街で見るようなジュエリーのお店は、あまりにも華やかで私にはそぐわないと感じる。なので、ithの温かさを感じるアトリエに訪れた時にはこれまでの結婚指輪へのイメージが覆された。

𠮷田さん曰く、ithは「in the house(直訳すると「家のなか」)から由来しているという。「つくり手のいる家にふらっと訪れ、気軽に相談してほしい」との想いから名前をつけられたとのこと。私も実際に指輪づくりの工程を体験したが、友人に相談するような感覚で、つい自分の話をしていた。そういう意味では、ここでは指輪を「売る」のではなく、「一緒につくる」という感覚が近いのかもしれない。

高橋さんと𠮷田さんは、口を揃えて「一人ひとりに向き合い、一つひとつに気持ちを込めて指輪をつくっている」と言う。そして𠮷田さんは「実は、僕にとってジュエリーは遠い存在でして。お店に入るだけでも緊張するし、ショーケースに並んだ指輪を見ても何が欲しいかわからない。ithでは指輪の素材やつくり方を見ながら、本当に自分が欲しいものを選んでほしい」と話した。

ithでは「たくさんよりもひとつをたいせつに」という言葉を創業の頃からずっと大切にしているという。どんな時でも、たくさんのことに振り回されるのではなく、一生ものの結婚指輪に携わる責任を忘れずに、目の前にある指輪とお客さまに向き合おうという思いから掲げられたそうだ。目の前の一人ひとりに、一つひとつの指輪に向き合う強い信念が、二人の話の端々から感じられた。

対話をたっぷり重ねながら、二人の物語を指輪で紡ぐ

「たくさんよりもひとつをたいせつに」を実現するのに欠かせないのが、「つくり手」の存在だという。𠮷田さんは、つくり手について「お客さん2人が歩んできた人生や物語、個性を引き出し、自己を認識する作業を行いながら、指輪を一緒につくる存在」だと話す。

ただ、日々取材をする身としても、相手の人生について話を聞き出すのはとても難しいことだと感じている。私だったら、会ったこともない人にプライベートな話をしたいとは思わない。だからこそ、ithはつくり手とお客さんの間の「信頼関係」を大切にしているとのこと。

同性カップルも訪れる結婚指輪工房ith。対話を重ね、二人の物語を指輪で紡ぐ

ithの代表でありつくり手の一人である高橋亜結さんに、指輪づくりの工程を体験させてもらった

「お客さんと最初の30分は会話をメインにコミュニケーションを取ります。自己紹介やithがやっていることを紹介する中で、お客さんが抱いていた『結婚指輪はこうでなくてはいけない』という思い込みをほぐすこともできるのです」と𠮷田さん。

ある程度の信頼関係を構築した後は、お客さんの物語をもとに約120ものベースとなる指輪から1つに絞り出していく。ここでもしっかりとお客さんと向き合うため、3時間にわたって対話することも。一日1〜2組しか担当しないというithの接客スタイルとは、このことか。

同性カップルも訪れる結婚指輪工房ith。対話を重ね、二人の物語を指輪で紡ぐ
同性カップルも訪れる結婚指輪工房ith。対話を重ね、二人の物語を指輪で紡ぐ

ベースとなる指輪はすべて高橋さんがデザインしたもの。アンティークな風合いのものやソリッドなものなどデザインもさまざまで、プラチナ・イエローゴールド・ピンクゴールドなど色合いは5種類から選ぶことができる

つくり手の高橋さんは「最初から自己開示するのは難しいことです。初めは少ない情報しかなくても、そこから指輪を提案していくうちに、大体のお客さんが照れながらも話をしてくれるようになります」と言う。指輪を試着する中で、その人の好き嫌いが表れてくる。2人が話す物語をもとに提案していく。「いいね!」と言ってくれたことをもとに提案する。高橋さんの言葉を借りると、つくり手はお客さんの「物語を拾う」職業なのだ。

二人がそれぞれ違うものをつけても良いし、「男/女」に縛られなくていい

目に見えないストーリーを指輪という形に落とし込むという壮大な作業をしているつくり手。ベースとなる指輪を決めたあとは、宝石や文字入れなど、二人だけのデザインをつくっていく。過去には、入籍した時の景色をモチーフにしたデザイン、音楽関係のカップルは音符記号がついたデザイン、3月に入籍したことから3つの石を入れたデザインなどがあったという。それぞれのカップルが自分たちにとって大切なポイントを見つけて、指輪に意味を持たせるのだそう。

同性カップルも訪れる結婚指輪工房ith。対話を重ね、二人の物語を指輪で紡ぐ

日付やお名前、メッセージなどを刻印できるほか、手描きのイラストもいれられるそう。他の人の目に触れることのない指輪の内側にメッセージや宝石を入れるのも人気とのこと

また、カップルのそれぞれが違うデザインを選ぶこともあるとか。「必ずしも合わせる必要はなく、一人ひとりが好きなものをつけても良いということを伝えています」と高橋さん。さらに、𠮷田さんは「絶対に2人が同じ好みを持っているとは限らない。最初はペアリングが欲しいというカップルさんでも、つくり手と対話する中で『ダイヤモンドの留め方だけは一緒にして、あとは好きなものを選ぼう』など、考えが変わることも多いです」と続けた。

たしかに結婚指輪というと、男女ペアのものとして「レディース」「メンズ」で分かれていたり、ダイアモンドは女性がつけるものといった認識が浸透していたりする。性別二元論的な価値観が植え付けられているため、同性との関係性を重視する私にとって、結婚指輪は遠い存在だ。

取材中、性別二元論なのは結婚指輪だけでなく、ブライダル業界全体にもいえることだという話があった。結婚式では基本的に「新郎ファースト」。誓いの言葉や挨拶は新郎→新婦、挙式の披露宴では上座が新郎で下座が新婦、みたいな暗黙のルールがたくさんある。

「ithはブライダル業界における常識の逆境を進んでいる。そういう意味では、一部業界関係者からは常識破りとかマナー違反だと思われることもあるかもしれません」と、高橋さんは言った。それでもithは「男/女」に縛られず、それぞれの個性を大切にする姿勢を持ち続けている。

誰もが多様性の中にいる一人であり、一人ひとりが違う物語を持つ

さまざまな関係性を指輪で可視化するith。今回、コラボレーションが実現したmonogatary.comのモノコンで、オリジナルムービーを公開した。女子学生と思われる2人が手を握り合っているシーンから始まるこの動画は、ありふれた日常の一部を切り取っているようで、温かみと親近感が感じられた。「多様性」という言葉が特別なものとして取り上げられがちな現代だが、実は誰もが多様性の中にいる一人であり、一人ひとりが違う物語を持つのだ。

ithの10周年特別記念ムービー「One Story.One Ring.」

本プロジェクトの企画に携わった𠮷田さんは「学生時代は多くの人が通る道なので、自分と重ねて見てもらえるのではと思いました。多様な関係性を描きたかった中で、今回は女学生2人を主人公として選び、多様な愛の形、関係性の形を私たちなりに表現しました」と話した。動画には、ithのアトリエを舞台に指輪を制作する過程が映し出され、「コンコン」という音が心地良い。だが、幸せは必ずしも一生続くものではない。どこかで主人公2人の親密な関係が終わらないでほしいと願う自分がいた。

𠮷田さんは「一般的に結婚指輪は、幸せの絶頂に向かうタイミングで身につけるものですが、その後は必ずしもハッピーとはいえない瞬間に直面する可能性もあります。喧嘩をした時やつらい時にも、結婚指輪は常にそばにあり続けるのです。だからこそ、支え合って生きていくという隠れたメッセージも持っていると考えています」と話した。

同性カップルも数多く訪れるith。多様な一人ひとりに届けたい気持ちを、どう発信するか

動画には主人公2人の親密性が感じられるシーンもあり、受け手によって解釈は異なりそうであるものの、少なくとも「多様な愛の形」を表現していると捉えられる。性別二元論にとらわれないithの姿勢が投影されているようだ。

実際に、お店にも多くの同性カップルが訪れる中で、𠮷田さんは次のように正直に話してくれた。「世間一般的に結婚は男女のものという価値観があり、実際に今の日本では同性カップルは法的に結婚することができません。結婚指輪の事業をしている立場として、お客様やスタッフが今回の動画やメッセージをというものをどのように受け止めているのかと不安に感じることもあります」と、世間や社会の現状とithの持つ価値観にギャップがあることを話した。

ithには多くの同性カップルも訪れ、公式ブログなどの発信でもそのエピソードが綴られているが、ウェブサイトなどではLGBTQ+フレンドリーであることを全面に打ち出していない。「同性同士だからといって特別視するのではなく、他のお客様と変わらず対応しています」と高橋さん。私自身、「同性カップルだから」といった前提や枕詞があることで特別視されるのは好まないので、セクシュアリティやジェンダーというフィルターを通さずにフラットに接してくれるithのスタンスは心地よい。𠮷田さんは続けて「そうした考えが以前からずっとあったからこそ、あらためてレインボーフラッグを掲げたり、LGBTQ+フレンドリーであることを全面にアピールしたりするのがいいのか自分たちなりに考えているところで、現在は行っていないんです。関係性を一つひとつ大切にするというithとしてのスタンスを指輪づくりを通して体現していれば、みなさんに信用していただけると考えています」と話した。

世の中には、自社のイメージアップのために、実態が伴っていないのにLGBTQ+フレンドリーであることをアピールする企業が存在する。このことを「覆い隠す」という意味の「whitewash」と同性愛者を象徴するカラーの「ピンク」を掛け合わせて「ピンクウォッシュ」という。実際に、パレスチナ自治区ガザ地区への攻撃を続けるイスラエルが、侵攻を正当化する目的でレインボーフラッグを掲げた写真を投稿したとのニュースを見た。日本でも、プライドマンスの6月にレインボーの商品を単に販売するだけで、LGBTQ+コミュニティに対するアクションを何もしない企業は多く見られる。

声を上げなくても当事者が幸せに暮らせる社会があるのがたしかに理想的だ。ピンクウォッシュの事例を見ると、𠮷田さんや高橋さんの意見も理解できる。しかし、だからといって多様性やLGBTQ+当事者の人権について表に出さないことが良しとされるのだろうか。現状の社会では性的マイノリティの存在を可視化しなければ「ないもの」とされてしまうため、あえて言葉やレインボーで「ここにいるよ」というメッセージを伝えていかなければならない。

そんな話をすると、𠮷田さんは「ithとしてはこれまで通りそれぞれのパートナーシップや結婚の形に寄り添っていきたい。でも、たしかに積極的に発信しなければ伝わらないこともありますよね」と、複雑な思いを語った。正解のない問いに対して、「こうすれば良い」という決定的な解はないが、その中で「私たちは何ができるか」を話し合いながら、日々実践することはできる。とても良い議論ができた日だ。

同じ方向に向かう仲間を増やしながら

「まだ足りないところがあるかもしれない……」という思いがありつつも、2014年から10年間、ithは常に一人ひとりのお客さんと寄り添ってきた。小さなアトリエから始まったithも、今では国内だけでなくシンガポール、台湾といった海外にも拡大し、計15店舗を構えている。

とはいえ、「たくさんよりもひとつを大切に、一人ひとりのお客様と向き合った指輪をつくることの根本に変わりはない」と高橋さん。同じ方向に向かう仲間が増えることで、頼もしさや自信をより感じるようになったと話した。

過去には、たまたま通りがかった大学生が10年後に結婚し、ithのアトリエに訪れたという運命的な出会いもあったとのこと。10年、20年先にはそのお子さんが訪れるかもしれない。

ithは愛の形や関係性の形にとらわれることなく、「個」として迎え入れてくれる。アトリエの小さな扉を開くと、暖かくて柔らかい空気が広がり、歓迎されていることがすぐにわかった。つくり手さんと対話する中で、私はレズビアンであることを忘れ、いかに自分らしい指輪をつくるかに集中していた。それは、ithのもつスタンス「たくさんよりもひとつをたいせつに」にあるように、セクシュアリティやジェンダーという枠組みではなく一人の人間として対話してくれている結果だ。どんな関係性でもこちらを向いて笑顔で迎えてくれるithは、同性カップルをはじめとした多様な関係性を持つカップルにとって安心空間なのだ。

ithはお客さんとともにあり続け、時に誰かにとっての「光」となる。小さなアトリエから始まる壮大な物語は、ページをめくり続けるのだ。

山﨑穂花

レズビアン当事者の視点からライターとしてジェンダーやLGBTQ+に関する発信をする傍ら、新宿二丁目を中心に行われるクィアイベントでダンサーとして活動。自身の連載には、タイムアウト東京「SEX:私の場合」、manmam「二丁目の性態図鑑」、IRIS「トランスジェンダーとして生きてきた軌跡」があり、新宿二丁目やクィアコミュニティーにいる人たちを取材している。また、レズビアンをはじめとしたセクマイ女性に向けた共感型SNS「PIAMY」の広報に携わり、レズビアンコミュニティーに向けた活動を行っている。

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オーダーメイドの結婚指輪工房 ith/イズ

“ひと組ひと組のカップルに寄り添い、それぞれの理想の指輪を仕立てたい” 代表・高橋亜結のそんな思いから始まったith/イズ。 ”One Story, One Ring /たくさんよりもひとつをたいせつに”をコンセプトに、つくり手がお客様それぞれのご希望や物語に寄り添い一緒に紡ぎ上げたオンリーワンのデザインを、日本の優れた職人の手でひとつひとつ丁寧に仕上げ高品質のオーダーメイドジュエリーとしてお仕立てします。
友人のアトリエを気軽に訪ねるように、たくさんの指輪や宝石に好きなだけ触れ合いながら自分たちが本当に欲しい指輪づくりに没頭してほしい。東京・吉祥寺の小さなアトリエから始まるその思いとものづくりは、たくさんのお客様や仲間たちと共に、日本中へ、世界へと拡がっています。(国内12店舗/海外3店舗※2024年11月現在)

オーダーメイド結婚指輪・婚約指輪のブランドith(イズ)
ペアリングづくりで、カップルのパートナーシップに愛の証を | オーダーメイド結婚指輪・婚約指輪のブランドith(イズ)

モノコン2024

ソニーミュージックが運営する小説&イラスト投稿サイト、「monogatary.com」の主催コンテスト。5つの賞それぞれにひとつずつ「お題」を設け、その「お題」に投稿された「物語」の中から優秀な作品を、各賞それぞれの形式で作品化されます。

「ith×yama賞 ~One Story. One Ring.~」では、ithのブランドコンセプトである「One Story.One Ring.」への思いを込めたブランドムービーを”お題”として小説を募集。選ばれた大賞作品からyamaが新しい楽曲の制作を行い、小説×音楽で届ける新しい形での楽曲制作を行います。

※すでに応募期間は終了しております。

モノコン2024 | monogatary.com
monogatary.comを通じて小説×音楽でつくる、オーダーメイド結婚指輪工房ithとのコラボプロジェクト始動!

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