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同じ日の日記

新居の家具や食器類を揃える/春ねむり

耐えがたさの妥協地点で、BDS運動の対象であるIKEAへ買い物に行く

毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2024年5月は、5月27日(月)の日記を集めました。シンガーソングライターとして活動し、イスラエルのパレスチナに対する占領と虐殺に反対する意思を“watermelon”という楽曲に込めて発表した、春ねむりさんの日記です。

この日わたしは前橋のIKEAに来ていた。

コロナが流行する以前は東京に住んでいたが、ライブが軒並み中止になり外出する仕事もほとんど無くなったのを機に、わたしは群馬県高崎市へと引っ越した。それが2021年3月のことだ。駅周辺にはなんでもあるし、チェーン店ではない飲食店や本屋が割とあるのもいい(余談だがREBEL BOOKSという本屋が家の近くにあり、とても素晴らしい本屋なので高崎にお越しの際はぜひ行ってみてほしい)。車で10分くらいで畑と山と川しかないような場所へ行くこともできる。ご近所さんも優しいしこのままずっとここに住んでいてもいいなと漠然と考えていたが、昨年の度重なる海外ツアー(数えてないが多分100日近く家にいなかったと思う)の影響がわたしの考えを変えた。「居ない家の家賃、マジで払いたくね〜」と思ったのである。しかし普段は家から出ずに曲を作っている自分にとっては、家自体を無くすというのも現実的な選択肢ではない。そこで、どうせ家賃を払い続けなければならないのであれば家を買ってしまったほうが良いのではないかと考え、条件に合う家を探すことにした。半年ほど検討を重ねて住む家を決めた後は、とにかく引っ越しの準備に追われた。この日は、新居の家具や食器類を揃えるためにIKEAを訪れたという訳である。

わたしは取り立てて食器や家具にこだわりのあるタイプではないのだが、明らかに嫌いな色や形というものがある。それらを避けて予算を考えながら一つ一つのアイテムを吟味して全体として調和が取れた状態にすることは、大変な労力と時間を要する作業だ。暮らしていくには必要不可欠な労力なのに、わたしはそういった類の作業をとんでもなく苦痛に感じてしまう(そのくせまったくこだわらないということもできない!)。そこで、あらかたのものをIKEAで揃えてしまうことにした。割合どんな種類の家具も食器も調理器具もあり、シンプルなデザインが多いので全体的に調和を損なうことはないだろうという点と、多くの品物が自分の嫌いなデザインでないという点、そして価格の手頃さという点で、ほとんど選択肢がなかったとも言える。

さて、この「まったくこだわらないということもできない」せいでIKEAを選ばなければならなかったことにわたしは罪悪感を抱いていた。なぜなら、IKEAという企業がBDS運動の対象だからである。BDSとは、ボイコット、投資撤退、制裁の英単語の頭文字をとったもので、パレスチナ人への不当な虐殺や支配、抑圧を止めるようイスラエルに対して経済制裁を求める世界的な運動のことだ。一例を挙げると、ソーダストリームやプーマなどが消費者ボイコットの対象として、スターバックスやマクドナルドなどが草の根的に起こってきた市民運動ボイコットの対象として挙げられている。各企業がボイコット対象になっているのにはさまざまな理由があるが、IKEAはイスラエルに店舗を持っており、そこから入植地(イスラエルがパレスチナ人を不当に追い出したり殺したりして自国の土地として国民に住まわせている土地)への商品の配送が行われていることが要因のようである。

2023年10月7日にハマスがイスラエルに対して攻撃を行ったことによって皮肉にも、わたしはイスラエルという国家がパレスチナ人の権利、尊厳、生命を不当に奪取しその土地を植民地化してきた80年弱の歴史を知ることとなった。そしてSNSやニュースを通じて、パレスチナのガザ地区や西岸地区で何万人もの市民たちが見せしめのように家を奪われ餓え死んだり殺されたりするのをこの半年以上見続けていた。西洋型の社会倫理における「人権」の、この「人」の中に、アラブ人は含まれていないのだ、と思わせるには容易い暴力が我々の目の前で吹き荒れ、それはわたしがアジア人という属性や女性というジェンダーを生きることにおいて感じてきた痛み、そして自分自身であるということと社会的集団//規範との間で生じる摩擦を引き起こした構造と、根っこのところで同質のものが巻き起こしたのだと理解するには多くの時間を要さなかった。

春ねむり”watermelon (demo)”

日本政府を含む「西洋」型の国際社会は今なおイスラエルに対し圧力らしい圧力はかけていないと言える(これはウクライナにロシアが侵攻した時のロシアへの対応とはあまりにも大きく違う)。そんな中で、わたしがひとりの市民としてできることの一つに、消費者の立場を取る際に何を選んで買うかという日々の消費行動がある。例えばマクドナルドやスターバックスを使用しないことは、わたしにとっては代替手段が多く比較的容易な選択肢なのでそこまで苦労しない。しかし今回はそういかなかった。今後毎日目に入るものの色や形が自分にとって好まれざるものであり続けるということは自分にとって耐えがたいことだ。そして、ひとつひとつの品物についてさまざまな企業を検討する時間と労力をかけることも耐えがたいことだ(その時間で曲を作りたいと思ってしまう)。耐えがたさと耐えがたさの妥協地点で、各百円均一ショップやニトリ、無印良品(これに関してはそもそも中国・ウイグル地区における強制労働で生産されている綿を輸入している点とトランスジェンダーや女性への差別を繰り返している人間が化粧品のプロデュースを務めている点で以前から購入を控えていた)といった選択肢がふるい落とされ、IKEA以外が残らなかったのだった………。わたしがお金持ちだったらまた話は違ってきたかもしれないが。現行の資本主義はマジでクソ。

バカみたいに広いIKEA前橋店をぐるりと周り必要そうなものを端からカートに放り込み、セルフレジを経由して吐き出された1メートル以上の長すぎるレシートを見て、その長さの分だけなにか悪いことをしたような気がして心苦しい気持ちになった。同時に、なんでわたしがそんな気持ちにならなきゃならないんだ? という小さな怒りと、これであらかたの買い物が、面倒なことが終わったという爽快感と、ちょっとした買い物ハイ(ほんとうにたくさん買ったので)がこころの中で発生するのを感じていた。それは奇妙な気分だった。

春ねむり

横浜出身のシンガーソングライター / ポエトリーラッパー / プロデューサー。自身で全楽曲の作詞・作曲・編曲を担当する。

2018年4月、1stフルアルバム『春と修羅』をリリース。2019年、マレーシア・台湾の大型ロックフェスへ出演し、3月からは香港・上海・北京・台湾・日本と、アジア全5ヵ所を回るツアーを開催。6月にはヨーロッパを代表する20万人級の巨大フェス「Primavera Sound」に出演のほか、6か国15公演のヨーロッパツアーを開催。

2022年3月、北米ツアーを開催し全ての公演がソールドアウトと大盛況で幕を閉じる。その後の「SXSW」ではロシアのフェミニスト・パンク・ロック集団「Pussy Riot」のステージに招かれ”Police State”でゲストボーカルとして参加。

同年4月、4年ぶりとなるフルアルバム『春火燎原』を発表し、米メディアPitchforkでは8.0点の高得点を獲得。10月からは、カナダ・モントリオール公演を皮切りに全30本にも及ぶ北米、ヨーロッパ、アジアツアーを開催。ワシントンD.C.公演にはハードコアシーンの最重要バンドFUGAZIのイアン・マッケイが来場し大きな話題を呼んだ。

2023年、Spotifyによる「RADAR:Early Noise 2023」に選出、「SUMMER SONIC 2023」/ ヨーロッパ大型フェスへの出演など、注目度はさらに高まりつつある中、新作『INSAINT』を発表。ヘッドライン・ツアーとしてヨーロッパ、タイ、ニュージーランド、オーストラリアを回る。

そして2024年、6年ぶりとなる国内ツアーが決定。さらに シアトル、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ダラス、ブルックリン、シカゴのアメリカ6公演のヘッドライン・ツアーも開催決定。

これが新世代のジェイポップ、こころはロックンロール。

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