💐このページをシェア

小川たまか×冬野梅子「ままならない日常の違和感を考えること、描くこと」トークレポ

『たまたま生まれてフィメール』『スルーロマンス』刊行記念イベント

5月に刊行された、小川たまかさんによるエッセイ『たまたま生まれてフィメール』。7月に単行本の1巻が発売され、コミックDAYSで連載中の冬野梅子さんによる漫画『スルーロマンス』。両作の刊行を記念してSPBS本店で行われたお二人のトークイベントの模様を、ダイジェストでお届けします。

『たまたま生まれてフィメール』は、性暴力やジェンダーに関する問題を中心に長年取材や発信を続ける小川さんが、婚姻制度や家族のこと、政治家の性差別発言、性暴力事件の裁判傍聴の記録、SNS上でフェミニストに向けられる誹謗中傷、ご自身のコンプレックスや恋愛にまつわる記憶……などを綴ったエッセイ。

『スルーロマンス』は、元・売れない役者の待宵マリと、フードコーディネーター/ライターの菅野翠の共同生活を中心に、ルッキズム、マイノリティへの視線、自意識など、30代女性が抱える悩みや葛藤を描いた作品です。

今回のトークでは「ままならない日常の違和感を考えること、描くこと」をテーマに、小川さんと冬野さんがそれぞれの著書を読んで気になったことから話を広げていきました。お二人は初対面ということで、それぞれのバックグラウンドについて、考え方について、共鳴する部分を確かめていくような場面も印象的なトークとなりました。

ままならない駆け出しの頃を経て、二人が「書く」こと、「描く」ことを始めるまで

まず、『スルーロマンス』でフードコーディネーター/ライターのキャラクターを描いている冬野さんから、実際にライターを生業にしている小川さんに質問が行われました。

冬野:わたしはライターさんに会ったことがないので、どういう経緯でなれる職業なのかお聞きしたいです。

小川:ライターはカテゴリ自体がすごくざっくりしているので、至る経緯も多種多様です。もともとわたしは文章を書くのが好きだからライターになったんですけど、取材が好きだからとか、ファッションが好きでファッションの仕事をしているうちにファッションライターになったとか、人によってまちまちですね。

『スルーロマンス』に出てくる翠ちゃんのようなライターさんも実際にいると思います。フードライターもフードコーディネーターもやっていて、撮影などのアシスタントやお料理教室の講師もやるというのは、すごく仕事ができる、ライターさんのなかでもちゃんと生活設計ができてらっしゃる方で、「そりゃあマンション買うのを目指すよなあ!」と思いました。すごくリアルな描写なので取材をしたのかと思っていたのですが、冬野さんがライターに会ったことがないというので驚きました。

冬野:最初に翠の職業はフードコーディネーターにしようと思って、何人かそういうお仕事の人のホームページから仕事の履歴を見たり、求人を調べたりしました。「こういう仕事をしてるんだ」とか、「こういうスケジュールで動いてるんだ」とか、ネットだけの情報でなんとかつくりましたね。

小川たまか×冬野梅子「ままならない日常の違和感を考えること、描くこと」トークレポ

『スルーロマンス』(1巻)(著:冬野梅子、発行:講談社/2023年)

そんな小川さん、冬野さんご自身は、どのように書くこと、描くことを始めたのでしょうか。

小川:わたしは学部のときも大学院のときも就職活動をしたのですが全くだめで、自分でフリーライターとしての名刺をつくって、営業をして、仕事を始めました。

冬野:それで仕事がくるのがすごいですね。たとえばイラストレーターを目指している人だと、とりあえずイラストレーターですと名乗っても仕事がくるわけじゃない場合が多くて。仕事が軌道に乗り始めたきっかけはありますか?

小川:イラストレーターさんだとやっぱり絵を描くことが仕事だと思うんですけど、ライターって現場のアシスタントみたいなことも含んでいる場合があります。最初はドラマの現場に入ってひたすらカメラマンさんのアシスタントをすることもありましたし、誰でもいいから人手が必要というような場面で仕事をもらって、それでもライターと名乗っていました。あとは男性誌でAVのレビューを女性ライターが書くコーナーを担当したり。当時はなんでもやりますっていう若い女性ライターだと、そういう仕事が入口になりやすかったイメージがあります。

フリーライターを始めて2年目で、その後一緒に会社を立ち上げることになる人と出会いました。その人は、フリーでライターをやっていても収入が上がらないだろうと考えていた人だったので、一緒に編集プロダクションの会社を始めました。

小川たまか×冬野梅子「ままならない日常の違和感を考えること、描くこと」トークレポ

左から冬野梅子さん、小川たまかさん

冬野:私も就職活動は全然だめでした。でもわたしを落とす人たちはほんとに見る目あるな〜と思います。勤めたい会社がなかったので、渋々いっぱい応募して、まず全部書類で落ちて、とにかくずっと内定の飢餓状態です。夏を過ぎて内定が出て、「働きたくないけど、これで人生が詰まないで済んだ」みたいな感じで入社したんですけど、1日目でもうやめたいと思いました。それから5年以上は同じ会社で働きましたが、毎日新鮮な気持ちでやめたいと思っていましたね。就活につまずいて、つまずいたまま生きていくみたいな感じがありました。

小川:冬野さんの漫画を読んでいると「こんな観察眼のある人が普通の会社にいたのこえーな」と思います(笑)。

冬野:ありがとうございます(笑)。でも当時はみんな自分と同じだと思っていた時期だったので、会社で「あの人はこういう見方もできるけど、でもあの言動からはこういう推察もできません?」とか言っちゃって、「えっなんかこの子性格悪い」みたいに思われて、「あれ? こういうことみんなは言わないんだ」と気づいていくような時期でした。

小川:でもそのうちに友達と絵を発表し始めるんですよね?

冬野:大学は美術系ではなかったんですけどランドスケープの学科があって、その学科に絵を描く友達がいました。就職してからもその友達と付き合いがあったので、一緒にグループ展をやり始めました。

小川:昔から絵は上手かったんですか?

冬野:全然です。子どもの頃は絵を描くのが好きだったし他の子より上手かったんですけど、高校で選択制だった美術の授業では一番ぐらいに下手でした。挫折を感じましたね。

「昔は『悪い女』として描かれたようなキャラクターを現代の価値観で描き直す」(冬野)

王道の少女漫画を読んでいた小学生時代を経て、安野モヨコさんや『恋文日和』の頃の朝倉ジョージさんが描くような、線の太さが均一で黒髪にツヤを描かない、目の中にキラキラを描かない、「マットな絵」の漫画に衝撃を受けて、だんだんかっこよく感じていったという冬野さん。小川さんはそんな冬野さんに、『スルーロマンス』を読んで気になったことを尋ねました。

小川:冬野さんはキャラクターをどうやって設計していくんですか? ストーリーを先につくるのか、キャラクターを先につくるのかも見当がつかないです。

冬野:今までは大まかなストーリーから考えることが多かったんですけど、『スルーロマンス』はキャラクターや設定から考え始めました。今回は、昔の小説やドラマに出てくるような「アクの強い人」も現代の価値観だったら受け止め方が違うだろう、みたいな感じで、これまで「悪い、馬鹿な女」として描かれてきたキャラクターにもいい面があるよね、と自分のなかで描き直すように考えました。

小川:感想を見ていると、マリちゃんが結構ひどく言われていませんか?

冬野:すごい嫌われてますね。

小川:なんで嫌われてるんだろう。

冬野:わたしもわからないんですよ。あんまり嫌う要素はないと思うんですけど。ちなみにマリは『ティファニーで朝食を』のホリー・ゴライトリーをイメージして描きました。

小川たまか×冬野梅子「ままならない日常の違和感を考えること、描くこと」トークレポ

『スルーロマンス』©️冬野梅子/講談社

小川:翠ちゃんと比べると要領がいいように見えるんですかね?

冬野:どうなんだろう? でもマリみたいなタイプって全然脅威じゃないじゃないですか。策略とかを練っているタイプだったら、「この人やだな、関係を切ろう」って思っても仕返しされるかもしれないけど、マリにはそんなふうになにかをなし得る力はないので。

ただやっぱり、女性のキャラクターって献身的だったり自己犠牲を払っていたりしないと好かれにくいのかもしれません。ヒット作の女性キャラクターってそういうキャラクターしかいないと言えばいないんですよね。愛と正義のために身を呈するのがいい女だというイメージがもしあるならば、たしかにマリは好かれないだろうなと思いますね。

小川:翠ちゃんはどうですか?

冬野:翠は、マリありきで対照的な人にしようみたいな感じで描いています。わたしは性格的に明るい人が描き慣れていないので、翠みたいにうじうじする人は描きやすいです。

小川:そんな二人の友情がなんていうか、ズッ友だよっていうわけじゃないし、ベタベタするわけでもないけど、付かず離れずで、でもほんのり好きだよみたいな、その温度感が好きです。他に出てくる女の子たちの友達との距離感とかも好きです。

冬野:やっぱりわたしはあんまりズッ友経験がないので、単にそういう熱い友情が描けないっていうのもあるかもしれないけど、わりと知り合い以上、軽い友達、みたいな感じですね。

「フィクションをつくる人に影響を与えて、間接的にその人の作品の受け手にも影響できたら」(小川)

『たまたま生まれてフィメール』のなかから冬野さんが特に気になったというのが「特定した話」。X(旧:Twitter)でヘイトスピーチを含む書き込みをしている匿名ユーザーを探ってみたところ、その人の個人情報が容易に特定できたエピソードが書かれている項です。インターネットをよく見ているというお二人がそれぞれの見方でネットでヘイトスピーチをする人々について意見を交わしました。

その後、第2章「日本社会がよくわからない」に収録されている「男の本能にエビデンスはいらないんだって」という項の話になります。

冬野:「男の本能にエビデンスはいらないんだって」という項ですごい興味深かったところがあったので、そのページの写真を撮ったんです。性交同意年齢を13歳から16歳に引き上げるときに、現行のままにしておきたい人たちが引き上げの理由についてすごく説明を要求してくる、という部分です。「こういう理由で変えるべき」と資料を用意しても「でも真摯な恋愛はあるから」などと言われてしまう。

小川:そんなのはファンタジーですよね。

冬野:ファンタジーですね。ほんとにそうだな、何度も人に見せたいな、と思って写真を撮りました。

小川:そう言っていただけるとすごく嬉しいです。

わたしが書いているのは報道記事やエッセイですが、フィクションをつくる人はすごいなあと思います。やっぱりフィクションって訴求力がすごく高いというか、エンタメとして楽しんでいるうちにそこから受ける影響がすごく大きいと思うんです。なので、私はフィクションをつくる人に何らかの影響を与えて、間接的にその人がつくった作品の受け手にも影響できたらいいなと思っています。

小川たまか×冬野梅子「ままならない日常の違和感を考えること、描くこと」トークレポ

『たまたま生まれてフィメール』(著:小川たまか、発行:平凡社/2023年)

会場では他にも、お二人の著書を起点にさまざまなお話が行き交いました。ライターと漫画家という異なる職種のお二人が、それぞれの道のりで現在のお仕事に行き着き、それぞれのやり方で日常の違和感をつぶさに観察し、それに対して向き合っている様子が伝わるような時間でした。

 
 

*下記リンクにて当日のアーカイブ動画を販売中です(販売期間:2023年12月31日PM12:00まで)
【アーカイブ】 『たまたま生まれてフィメール』&『スルーロマンス』W刊行記念トークイベント「ままならない日常の違和感を考えること、描くこと」小川たまか×冬野梅子 @ SPBS本店

小川たまか

1980年東京生まれ。大学院卒業後、2008 年に共同経営者と編集プロダクションを起ち上げ取締役を務めたのち、2018 年からフリーライターに。Yahoo! ニュース個人「小川たまかのたまたま生きてる」などで、性暴力に関する問題を取材・執筆。著書に『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。』(タバブックス)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)、共著に『わたしは黙らない―性暴力をなくす30の視点』(合同出版)。

冬野梅子

2019年、『マッチングアプリで会った人だろ!』で 「清野とおるエッセイ漫画大賞」期待賞を受賞。その後『普通の人でいいのに!』(モーニング月例賞2020年5月期奨励賞受賞作)が公開されるやいなや、あまりにもリアルな自意識描写がTwitterを中心に話題となり、一大論争を巻き起こした。

『たまたま生まれてフィメール』

著者:小川たまか
発行:平凡社
発売日:2023年5月12日
価格:1980円(税込)

たまたま生まれてフィメール|平凡社

『スルーロマンス』(1巻)

著者:冬野梅子
発行:講談社
発売日:2023年7月12日
価格:759円(税込)

スルーロマンス|講談社
※『スルーロマンス』(2巻)が2023年10月11日に発売予定

newsletter

me and youの竹中万季と野村由芽が、日々の対話や記録と記憶、課題に思っていること、新しい場所の構想などをみなさまと共有していくお便り「me and youからのmessage in a bottle」を隔週金曜日に配信しています。

support us

me and youは、共鳴を寄せてくださるみなさまからのサポートをとりいれた形で運営し、その一部は寄付にあてることを検討中です。社会と関わりながら、場所を続けていくことをめざします。 coming soon!